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【S】―エス―01

第34章 夢の断片

 ◇6


 研究施設を飛び出した咲羅が同様にその窓から戻ってきたのは、11日の午後6時過ぎだった。


 地面を軽く蹴って跳躍し、すとんと着地した窓の縁に足を置き、そこから覗き込むようにして辺りを見渡す。


 明かりはついているが、現在、広間には誰もいないようだ。


 2階の踊り場に入るなり彼は履いていた靴を脱ぎ捨て、階下へと向かう。


 咲羅の衣服は、裾の方が泥と土埃で少し汚れているだけで、変わった様子はない。


 そしてくるり左へ向き直り、終始後ろ手にひたひたと正面の壁へ歩み寄る。


 壁に貼られてある地図の前で歩みを止めるとそれを見上げ、ポケットからペンを取り出す。


「今いるのがここで……、ハイデルベルク、マンハイム――」


 その地図の現在地と、上述した街がある箇所に赤いインクで×印をつけながら、楽しげに鼻歌を口ずさむ。


『遠き山に日は落ちて――』


 それは、自然と息づく生命の調和を思わせる雄大な旋律。


「――ん?」


 ふと押し寄せる頭の奥で濃い霧のかかったような、見通しのきかない違和感に、ぴたり鼻歌がやむ。


(……なんだろう?)
 

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