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【S】―エス―01

第5章 接触

 だが香緒里は、その言葉を涼しげな面持ちでひらりとかわしてテーブルに両手をつき、茜の顔を覗き込み答えた。


「人はね、誰でも心にもう1人の自分を持っているものなのよ」


 彼女の口調は、まるで『刹那』が瞬矢の造り出した虚像とでも言いたげであった。


 しかし茜は、その言葉に対し何も返すことができず口ごもってしまう。


 なぜならば彼女もまた、双子の弟とされる刹那の存在をこの目で確認してはいないのだから。


 香緒里はテーブルの上に肘をつき乗り出していた体を退かすと、


「もう一度、よく考えることね」


 そう言い残して静かに席を立つ。


 1人残された茜は、このまま彼を信じていいのかますます分からなくなってしまった。


 ――カラリ、静寂を打ち砕くかのようにグラスの中の氷が鳴る。
 

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