風景画
第78章 intermezzo 〜蜃気楼
砂の地平より陽は昇り
海へと沈むその国は
古より
神の声を聴く乙女の言葉をもって
国を統べる
乙女は恋をしてはならぬもの
秘めた力の
たちまち失せると伝われば…
けれど 今
乙女の心に深く刻まれ
忘れられぬ面影ひとつ…
外つ国より迷い着いた
その客人(まろうど)もまた
彼女を慕い
長い黒髪に胸を焦がす
もどかしい想いが時を刻む
忍びながら交わす眼差しも
ただ
涙に濡れるばかりになった頃
船出の時を尋ねる王の求めに
水鏡を見つめる乙女
「……見えませぬ」
もはや
声は聴こえず水面に映る影もない
揺れる瞳で王を見やれば
その口元からは
憐れみをたたえた吐息
乙女はその夜姿を消した…
まろうどは捜し続ける
想いを告げず
抱き締めることもなく
消え去ったひとりの人を
そして
砂上にくずおれ夢を見た
風が吹く…
遠く近く声が聞こえ
喉に流れ込む甘い水…
柔らかなぬくもりが
伸ばす指先にかすかに触れる
目覚めれば
焦がれ続けた愛しい人の
潤んだ瞳
「………もう、何処へも…」
震える肩を抱き寄せれば
逃れの街は楽園へと変わりゆく
(了)