凍夜
第7章 海溝
「由美子!待ってたよ!」
パパが早く来いと手まねきした。
知らない男も笑顔で由美子を見ていた。
「遅くなってごめんなさい。」
クラクションが、鳴った。
知らない男は、軽く会釈をすると、ケンタッキーの前に並ぶ空車のタクシーを横切り、最前列に路駐していた自家用車に急いで乗り込んだ。すぐにエンジンをかけた。
「由美子、あの人と先に行っててくれる?パパも後で行くから。」
パパは由美子に一人で車に乗るよう促した。
「後で行くからね?」
パパに見送られ由美子は、その男の運転する車の助手席に座った。
男はクラクションをパンと一回叩くとアクセルをふかしハンドルを切った。
《パパ……》
助手席から後ろを振り返るとパパの細い背中が人混みにまぎれて消えた。
パパの姿を追ったけれどターミナルに入ってゆくバスがゆっくりと横切り視界を遮った。
そんな由美子を気づかったのか、男は「大丈夫、後で来るよ。」と笑った。
「ジュースもお菓子もあるからね♪遠慮しないんだよ?」
後ろの座席の上にコンビニの袋が置いてあった。
窓の向こうから後続車のライトが、由美子を見つめていた。
男はスピードを上げた。