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普通の幸せ

第2章 格差

バイトを終えて帰る途中、ぼんやりと博紀の事を考えていたら、足が家と逆方向に向かっていた。


賑わう街中、博紀の務める会社の高層ビルが遠目に見えてくる。


俺と博紀の差はビルと地面のように、天と地ぐらいあるような気分になった。


そのまま踵を返そうとして、ある店が目に入る。


博紀の言っていた、“会社の近くに新しく出来たレストラン”で間違いなさそうだった。


俺も、こんな店が似合うような人間になりたい。


博紀の隣に居ても、恥ずかしくないような、胸を張っていられる自分に―――


大学生のガキと一緒に働いてバカにされるような日々はもうウンザリだった。


気付けば、足が自然と店に向かっていた。


ガラス製の繊細だが大きく頑丈そうな扉を開けた瞬間、一瞬で後悔する。


品の良さそうな長身で美形のウェイターに笑顔で迎えられ、緊張から身体が強ばった。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「……あ、あの~……その~……」


しどろもどろしてしまう。


「お客様?」


「あの……えっと、面接……面接を受けたくてっ」


自分でも何故そう言ってしまったのか分からない。


「……申し訳ありませんが、当店は現在求人を行なっておりませんし、直接店に押し掛けられては他のお客様のご迷惑にもなりかねませんので」


丁寧な口調で一気に言い捨てられてしまう。当然だ。俺は本当に馬鹿だ。


それでも、引くに引けなくなっていた。どうせ俺はもう二度とこの店に来れない。


「あの、せめて、オーナー?支配人に会わせてもらえませんか?」


「お客様……」


「お願いですっ!!」


俺は大きく頭を下げた。それを見たウェイターは困ったというより呆れた表情をしたが、直ぐにそれを笑みで打ち消した。その笑みはかなり無理をしている。


「……ここで騒がれても困るので。どうぞ、奥へ」


店の奥にあるスタッフルームへと続く扉に案内された。何も言わずに前を歩くウェイターの背筋の伸びた綺麗な背中には妙な威圧感があって恐ろしい。


暫く廊下を歩いた後、不意にウェイターが足を止めて振り返る。そして、俺の腕を掴みあげてきた。


「いてッ!?」


そして何も言わずに再び前を向くと俺の腕を強く掴んだまま引きずるようにして歩き出す。

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