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お嬢様♡レッスン

第38章 執事は見たⅠ

それを脳内で味わう。

少しの塩気の中にある甘味。

お嬢様の蜜の味は割と薄めだと白河は言っていた。

『ふぅ…ん…』

綾芽の切なげな吐息が彼女の口から零れる。

眉根を寄せて、目を瞑り誰かを思い描いているのだろう。

それが自分であったらどんなに嬉しい事かと黒崎は思う。

しかし、彼女の心の中に居るのは自分ではない事を黒崎は知っていた。

『んあっ!葛城さん…』

綾芽が小さく叫ぶ。

その名前は、黒崎も尊敬する使用人達のトップの男の名であった。

(やはり、お嬢様は葛城さんの事を…)

何となくではあるが、そんな気はしていた。

葛城とは顔を合わせる機会は少ないが、それでも顔を合わせた時の綾芽は葛城を意識していた。

自分達の前では、自然に振る舞うようになった彼女だが、葛城を前にすると頬を染め少し熱っぽい瞳で彼を見ていた。

黒崎と言う男は、ガサツで大らか、そして鈍感なイメージではあるが、意外と好きな女性の事はよく見ているのである。

だから綾芽を抱く事が出来ないでいた。

それでも、完全に彼女の心が他の誰かの物になる迄はと淡い期待はしていたのだが。

葛城を思って自分を慰める綾芽を食い入るように黒崎が見詰めていると、突然、綾芽の部屋の扉を控えめに叩く音が聞こえた。

綾芽はそれに気付き、身を整えると布団の中に潜り込んでしまった。

(なんだ…これで終わりなのか…)

もう少し見ていたかったのにと一人ごちるが、仕方が無い。

(しかし、こんな夜中に誰が?)

黒崎は好奇心から、もう少し見る事にした。

彼の予想では訪ねて来たのは高月あたりではないかと思った。

高月の綾芽への度重なるセクハラ行為はあらゆるところで目撃されている。

そこまで堂々とお嬢様に手を出せる高月が羨ましいと黒崎は思う。

唯、それが綾芽を追い詰めているのでは、と思わずには居られない。

彼女は葛城の事が好きなのだから。

しかし、彼の予想を反し、部屋に入って来たのは葛城だった。

(えっ!?葛城さん?)

たった今、綾芽が切なげにその名を口にしたばかりの人物の登場に黒崎は驚いた。

ひょっとしたら。

黒崎は思った。

今宵、綾芽の想いは成就するのではないかと。

少し残念ではあるが、兄貴分としては妹が幸せになる事はやはり嬉しい事である。

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