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501号室

第1章 気になる部屋①

 でも、夜の七時頃、異変が起きました。分娩監視装置というものをお腹に巻いて、胎児の心音をチェックしていくわけですが、赤ちゃんの心音が停止し始めたのです。私はその度に看護士さんを呼びましたが、最初は〝赤ちゃんが動くと、モニターがずれることがあるから、心音をうまく拾えないことがあるのよ〟と笑っていた看護士さんもそんなことを繰り返す度に、難しい表情になってゆきました。
 とうとう医師が来て、診察した結果、帝王切開になりました。すぐに赤ちゃんを出さないと、死産になってしまうとのことで、私は何が何だか判らない中に慌ただしく手術室に運ばれてゆきました。
 ―と、お話すれば簡単なことのように思われるかもしれせんが、私は血も手術も見るはおろか聞くのさえ苦手の怖がりです。いきなり手術と聞かされて、もう大混乱でした。何より、怖かったというのが本音です。それでも、赤ちゃんの生命には代えられないということで、手術を受け、何とか娘が生まれました。
 それが、平成六年三月三日のことです。親孝行(?)の娘は私の願いどおり、三月三日ひな祭りの日に産声を上げたのでした。手術室で娘が産声を上げたのは、まさに日付が変わって四日になろうとする十分前だったのです。
 初めての出産ということで、私は張り切っていました。陣痛逃しのための呼吸法など色々と妊婦雑誌で勉強しましたが、結局、出産そのものは、そんな予備知識は何一つ役に立たず、すべてが予定外といった感じで終わりました。ただ最後に、私の望みどおりひな祭り当日に誕生した―そのことだけが予定どおりだったというところでしょうか。
 それでも、終わりよければすべて良しではないけれど、とにかく赤ちゃんが元気に生まれ、私はホッとしました。
 前置きが長くなってしまいました。ですが、このことと、これから私がお話するのは満更無関係ではないのです。私が娘を産んだ、つまり帝王切開を受けた場所―手術室は病院の最上階五階にありました。随分と古い病院で、今の院長先生でもう何代目かになると聞いていました。建物も重厚な感じの、いかにも病院といった雰囲気で、新しく建て替えられた現在のS病院のペンションかリゾートホテルのような瀟洒な建物とは大違いです。

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