501号室
第1章 気になる部屋①
私はあまり社交的な性格ではありませんが、そのときは流石に長い病院暮らしにも退屈していたので、思い切ってその女性に声をかけてみました。
「あの―、いつ頃、赤ちゃんを産まれたのですか?」
産婦人科で入院している者同士としては、挨拶のような言葉です。こんな科白をきっかけに、妊娠中のエピソードや出産のときの話など、色々と話が盛り上がることを既によく知っていた私は、そんな言葉で話しかけてみたのです。
奇妙なことは、この時、私は彼女と何を話したかを全く憶えていないのです。会話の内容以外はすべて鮮明に記憶しているにも拘わらず、何故、ここの部分だけ、ぽっかりと記憶が抜け落ちているのか。私自身にも皆目判りません。もしかしたら、元から彼女とは話らしい話はしていないのかもしれないし、話の内容を忘れてしまったとも考えられます。
曖昧な部分ではありますが、辛うじて残っている記憶を辿れば、確か、彼女は何も言わなかったようにも思うのです。淡く微笑したのが、その返事のようにも当時の私には思えました。うっすらと笑んだまま、彼女は私を見つめ返していました。
私は何を続けたら良いのかも判らず、焦って次の言葉を発しました。
「何号室におられるんですか?」
私の質問に応えてはくれなかったけれど、感じの良い人だったから、顔見知りになっても良いなと思ったからでもありました。
今度は、彼女からすぐに応えが返ってきました。
「五〇一号室です」
五〇一号室といえば、あの大部屋、つまり彼女が今、背にして立っている部屋ではありませんか。
―何だ、あの部屋、使ってないと思ってたけど、使ってたんだ。
私は心の中で、そんなことを考えていました。私はそれまで、五〇一号室のネームプレートを間近で詳しく見たことはありませんでした。その複数名の氏名が書き込めるプレートにちゃんと名前が書かれているか、それとも空白なのかを確かめもしないで、その部屋が空き部屋だと思い込んでいたのです。
それにしても、あの部屋から人声が聞こえたこともなかったし、いつ見てもドアはきっちりと閉められていて、人のいる気配もなかったけど、と、ちらりと不審に思ったのも事実です。
「あの―、いつ頃、赤ちゃんを産まれたのですか?」
産婦人科で入院している者同士としては、挨拶のような言葉です。こんな科白をきっかけに、妊娠中のエピソードや出産のときの話など、色々と話が盛り上がることを既によく知っていた私は、そんな言葉で話しかけてみたのです。
奇妙なことは、この時、私は彼女と何を話したかを全く憶えていないのです。会話の内容以外はすべて鮮明に記憶しているにも拘わらず、何故、ここの部分だけ、ぽっかりと記憶が抜け落ちているのか。私自身にも皆目判りません。もしかしたら、元から彼女とは話らしい話はしていないのかもしれないし、話の内容を忘れてしまったとも考えられます。
曖昧な部分ではありますが、辛うじて残っている記憶を辿れば、確か、彼女は何も言わなかったようにも思うのです。淡く微笑したのが、その返事のようにも当時の私には思えました。うっすらと笑んだまま、彼女は私を見つめ返していました。
私は何を続けたら良いのかも判らず、焦って次の言葉を発しました。
「何号室におられるんですか?」
私の質問に応えてはくれなかったけれど、感じの良い人だったから、顔見知りになっても良いなと思ったからでもありました。
今度は、彼女からすぐに応えが返ってきました。
「五〇一号室です」
五〇一号室といえば、あの大部屋、つまり彼女が今、背にして立っている部屋ではありませんか。
―何だ、あの部屋、使ってないと思ってたけど、使ってたんだ。
私は心の中で、そんなことを考えていました。私はそれまで、五〇一号室のネームプレートを間近で詳しく見たことはありませんでした。その複数名の氏名が書き込めるプレートにちゃんと名前が書かれているか、それとも空白なのかを確かめもしないで、その部屋が空き部屋だと思い込んでいたのです。
それにしても、あの部屋から人声が聞こえたこともなかったし、いつ見てもドアはきっちりと閉められていて、人のいる気配もなかったけど、と、ちらりと不審に思ったのも事実です。