いつまでもここに居て
第14章 ※サングリアの深海魚[54]
「うわああ…久々にでかいの見れたなあ…」
「なかなか忙しくて見れないもんね…何年ぶり?俺は友達とかとたまに行ったりしてたけど…」
「うーん…三年ぶりとか?」
「三年かあ…そりゃあ久々だよな…寒くない?大丈夫?」
「ううん。大丈夫。」
ふ。と笑うニノ。
今日は何か雰囲気がちがくないか?
鶴岡八幡宮の時から何か雰囲気が変わった。
オーラというか、いつも綺麗なんだけど、今日は更に俺を惹きこむような目。
水槽から漏れる光のせいとはちょっと違うみたいだ。
少し熱を孕んだようなニノの顔から目が離せない。
「ここ座ろっか…あれだね。夕方とはいえ、深海魚の所にずっといたから…多分俺らが今日の最後のお客さんかな?」
「そうだね。長い間見てたもんね。普通ならクマノミとか…エンゼルフィッシュとかそういうのに目がいくんだけどね。」
「俺はそういうのよりも深海魚みたいに色々なものを秘めてるような魚の方が好きだなあ…」
「ふふ。ニノらしいね。」
「潤は…なんだろう、イルカみたいだけど…マグロみたいかな?」
「マグロ?」
「うん。マグロって誰でも知ってるし…人気じゃん。見た目も中身も知られてるんだよ。」
「でもずっと動き続けてるよね、マグロ…みたいにはフルに頑張ってないし、夜はニノと寝るのが幸せだし…」
「じゃ、なんだろ…」
「イソギンチャクが良いな。」
「え、魚じゃない…」
「いーの。イソギンチャクで。」
「なんでイソギンチャク?」
「ん?可愛いクマノミを守らなきゃだし。クマノミには天敵が多いからね。」
「…ん?なんで俺の目を見るの?え、もしかしてクマノミが俺ってこと?え、そんな敵いないし!」
「いるよ!ニノを狙ってる奴なんていっぱいいるんだから!」
「大丈夫だし…クマノミじゃないもん…」
二人の声が木霊するぐらいには静かな水槽。
もう誰もいない空間にくだらない話が空中を舞う。
ゆらゆら海を泳ぐ魚のように漂う会話。
もう周りには誰もいない。
俺はむす。と拗ねてるニノをこちらに向かせると、そのまま唇を塞いでやった。
俺はニノから出るはずだった言霊を自分の唇で消し去った。