
いつまでもここに居て
第5章 ひまわりの約束[21]
次の日。
午前4時頃。
もう辺りは明るくなり始めていた。
「智くんじゃーね、また今日も来るよ。」
「うん。先生さよなら。」
にこりと微笑むと軽く手を振ってくれた智くん。
「まだ小さいのに行かないでって泣かないんだね。最近の子は注射で泣くし、お母さんが買い物に行くだけでわんわん泣くんだよ。」
「先生、俺もう11歳だよ。そんな事で泣かないよ。でも、先生…ほんとは俺は本当は淋しいと思ってるよ。」
「うん。君はまだ少し素直でも良いんだ。ちょっとぐらいわがままな方が子供っぽくていいよ。」
「あれ…?先生対抗心湧いてるの?」
「うっ、五月蝿いなあ…智くんおやすみね。」
「ふふ。おやすみ。先生。」
ふ。と笑う智くんがどうしても頭から離れなかった。
日差しを浴びていない白い肌。
それを見る度に、外に智くんを遊びに行かせたいと思ってしまっていた。
「智くん…智くん…」
夜更かしして寝ている智くんを揺り起こす。
「先生診察は…?」
「大丈夫。とりあえず話はいいから…これに着替えて。」
「これは…」
「服だ。これに着替えたら先生と…」
「外に行こう。」
これは僕にとっての大きな選択。
僕も同じだった。この戦争は終わる。
負傷者を見る度にその気持ちは大きくなっていった。
そして、多分この病院も無くなる。
そして俺も…
智くんも同じだった。
それなら。今出来ることをやろう。
今俺がしたいこと。
まずは…智くんを外に出す。
これだけだった。
金は沢山ある。どうせ死んでしまうなら今全て使ってしまおう。家に帰ると好きな物や宝物を全てカバンに詰めて。
最後に東京の家族に手紙を書いた。
「今マデ有難ウ。
戦争ニ勝チマショウ。
日本ノ平和ヲ強クネガウ。
コノ生涯ヲ無駄ニシナイ為ニ。
サヨウナラ。イトシイ家族。」
手紙の内容が管理される時代。
そんな中で少しでも戦争に負ける事実と、自分の最期を伝えられる。そう信じて。
手紙とカバン。
そして俺が小さい頃に来ていた袴。
それを一緒に抱えて家を出た。
