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旅は続くよ

第40章 もう少しだけ

ただただ焦って店へ続く渡り廊下を走っていくと、微かに笑い声が聞こえてきて

慌てて通用口に身を潜めて店内を覗く

S「じゃあ、コレも買っていきます?」

女「ふふふっ、やだ櫻井さん。意外と商売上手なのね」

甲高くはない、落ち着いた女の声

奥の棚の向こう側から聞こえてくるけど、姿が見えないな

年は…どれぐらいだろ

翔ちゃんと同じくらいか…少し上?

いや、全然分かんないや…

思わず体が前のめりになる


女「取り敢えず…、コレとコレはキープかな」

S「毎度ありがとうございます」

女「ふふっ、やだもう。お目当て買う前なのに」

S「あ、そうでした。坂口安吾でしたっけ」

女「そう、出版当時の全集」

S「何巻?」

女「飛び飛びで持ってるのよ。3から5はあって、後は…」

急に声が近づいてきたと思ったら、不意に思ってたのと違う棚の向こうから翔ちゃんの姿が現れた


S「あ」

N「…あ」

S「ニノ」

…あっさり見つかっちゃったよ

えっと…、どうしよ


S「坂口安吾の全集、何処にあるか知らない?」

N「え、あ…坂口?」

女「あら、弟さん?」

N「あ、いや、えっと…」

何て言ったらいいか答えあぐねていると

S「友達です。一緒に住んでるんですよ」

翔ちゃんがサラリと答えてしまった


女「あらまあ。櫻井さんの周りは皆イケメンねぇ!」

一回りは年上、もしかしたらそれより上かもしれない、その女性の楽しそうな声が響く

女「イケメン古書店、いいじゃない。通おうかしら」

S「はははっ、お願いします。そしたら買い占めちゃってくださいよ」

翔ちゃんがソツなく上手に言葉を返すのが遠くに聞こえるみたいだった


…『友達』

そう言われたのが軽くショックで…


いや、間違ってないんだよ

むしろ『従兄弟の友達』と言われないだけマシなんだけど

…『友達』…なんだよね

もう『好きな人』じゃない

当たり前だよ

他人の前で、しかも職場の人の前で、例えそうでも言わないだろうけど

今の翔ちゃんには、俺はホントに『ただの友達』で

そこには何の含みも、他の意味も無くて

でも…俺は、そうじゃない

そんなの知ってたけどさ

改めて思い知らされた気分だった

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