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旅は続くよ

第44章 ニノの文句

「その…、仕事は?お前、今何してるんだ」

「ライターやってます。フリーですけど」

「…ライター?」

「記者ですよ。主に雑誌とかで」

「正社員じゃないのか」

「…違います」

普通の会社の普通のサラリーマンの父親

フリーターも派遣社員も縁遠い団塊世代には、俺なんかはヤクザに見えるんだろう

まるで宇宙人でも見たみたいに目を丸くした


「そんなので食っていけるのか?」

「…何とかやってます」

「結婚は?してるのか」

「…してませんけど」

「今はお前1人何とかなってもなぁ、結婚したらそうもいかないだろう。何なら父さんの知り合いに」

「あの」

「…なんだ」

「…結婚なんてしませんから。したいと思った事もないし」

「…まぁ、そう言うなよ…」

そう言ってへラッと笑った顔にカチンとキた


何でそこでヘラヘラ笑うんだよ…

軽く流してんじゃねーよ…!

どんなつもりか知らないけど、アンタが言っていいセリフじゃない

それを、いつまでもヘラヘラと…


「…なに笑ってんだよ…っ!」

無性に腹が立って、思わず腹の底から声が出た


胸をよぎる中学生の時の俺

母さんが死んで、天地がひっくり返ったように生活が一変して

僅かな時間だけ身を寄せた、父親の“もう1つの家”


「誰のせいで…こんな…」

“もう1つの家”に、母さんの死は関係なかった

そこには普通の日常が、笑いが、温もりが溢れてた

俺の世界はひっくり返ってしまったのに

世の中はこれっぽっちも変わってなくて

地球は相変わらず廻ってて

まるで母さんなんて最初からこの世に存在してなかったように、父親には“妻”がいて

普通に飯を食い、笑い、会社へ行き

俺だけが影の中で固まっていたんだ


辛いとか、悲しいとか、そんな風に感じる余裕も無かった

ただ孤独で

俺が母さんを忘れたら、母さんが生きてた事もなくなっちゃう気がして

腹の中に入った重たい何かを、ずっと抱えなきゃいけない義務が出来た気がした


バカな考えだと思う

そんな義務なんて無いのに

そう思う事で何とか生きてたとしても、バカな考えだと思う

それでも

この男だけには笑われたくない

アンタだけは笑っちゃダメなんだよ…!


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