お嬢様と二人の執事
第5章 漂
結局、白河に説得され執事服から私服に着替えた高宮が自身の車を廻してきた。
LEXUS NX300h "F SPORT"
色はまさかのレッド。
高宮のイメージとかけ離れた車に沙都子は驚きを隠せなかった。
「沙都子様、申し訳ございませんがこちらの車でお許し頂けないでしょうか?」
正直言ってこの車も十分に目立つが…マイバッハに比べたら十分に大人しいと思う。
もはや選択の余地もなく沙都子は高宮に頷いた。
「よろしくお願いします。そろそろ出ないと遅刻してしまうので…。」
教科書や参考書の入った重そうな鞄を提げた沙都子はためらいなく高宮の車の助手席に乗り込んだ。
走り出して数分。
沈黙に耐えられなくなった高宮がカーステに手を伸ばす。
流れてきたのはジャズ。
男性ボーカルの力強い歌声が流れる。
「あっこの曲…。」
沙都子が呟くとそれを耳にした高宮が話しかける。
「ご存知ですか?ルイ・アームストロングのWhat a Wonderful Worldです。」
サビの部分になると沙都子が一緒に歌う。
透明ででも少し哀愁を感じる歌声。
「沙都子様は歌も上手なんですね。」
「そんなこと…。でもこの曲はお母さんが時々口ずさんでたんです。『なんて素晴らしい世界』…私の世界は…どうなんだろう…。」
「沙都子様?」
高宮の呼びかけに首を振って思考の淵に落ちそうだった自分を戻すと、何でもないですと一言言ってそのまま顔を窓に向ける。
車内にはジャズが流れ続けた。