無料で楽しめるちょっと大人のケータイ小説

「亡くなられた貴女のお母様は東堂グループ会長の一人娘です。そして、お父様は…雄介くんは、東堂氏の秘書でした。」


成瀬の言葉に沙都子は驚きを隠せない。

確かに、母は品のいい、とても美しい人だった。

でも冗談を言って笑うこともあれば、イタズラをした沙都子の同級生を追い掛けて叱ったり、時には一緒に楽しむような人だった。

沙都子の行儀にはしごく厳しかったが、所謂お嬢様と言った感じではなかった。

「でも…そんな…。父は普通の会社員でした。大きな会社ではなかったけど一生懸命、勤めてました。

もし、本当に母がそんなおうちの娘だったら…、なんで一度もお祖父様の話をすることがなかったんでしょう？なぜ、父は秘書をやめたのでしょう？」


突然のことで混乱した沙都子は珍しく矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

普段の沙都子を知っている人間がいたなら、さぞかし驚くに違いない光景だった。


そんなことを知るはずもない成瀬はそれでもその質問を一つ一つ頷きながら聞いている。

「沙都子さんは…おっと失礼。」

「いえ、沙都子で結構です。」

ふわりと笑う沙都子に一つ頷くと成瀬は続けた。

「沙都子さんは雄介くんと雪芽さんのことが本当に大好きだったんですね」

こくりと頷く沙都子。
そう、沙都子は本当に父母のことが大好きだった。

またこみ上げる涙を慌ててハンカチで押さえる。

そのハンカチはあの日、神山が手渡したものだった。