イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第4章 皆との距離
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弦から一つ、短く音色がこぼれる。
暇を持て余し、だけどまだ寝る気にもなれず、テリザはなんとなくバイオリンに触れていた。
日は沈んできたし遠慮なく引くこともできず、自分のバイオリンを取り出して軽く弦をはじいていた。
幼いころから弾くようになった楽器だったが、今ではたしなむ程度にしか弾かなくなった。だけど、音楽は好きだった。
その日二度目のノックが聞こえ、テリザは顔を上げた。
「テリザ、起きてるか?」
(…ラッド様!)
「っ…はい…。」
断るわけにもいかず、慌てて楽器をケースに置いて返事をした。
「悪いな、遅くにレディの部屋を訪ねたりして。」
「いえ…。」
彼はそう言いながら部屋に入り、テーブルの上に本を乗せた。
「楽器、弾いてたのか?」
ケースを見たラッドに尋ねられ、テリザは恥ずかしくなって、バイオリンにさっと布をかけた。
「え、ええと、少しだけ…。」
「そうか。いつか聞いてみたいな。」
「そんな、大したものではないですよ。」
テリザは笑った。
「それより、わざわざすみません。」
「いーえ。君の気に入る本があるといいんだが…。」
上から本を手に取ってみた。
(これ、トルストイ…?シェークスピアの『ロミオとジュリエット』も…)
「あ…。」
一冊の本を見て、テリザは手を止めた。
「それが気になるのか?」
「ええ…これ、ヴェルヌですよね…?」
ヴェルヌの、月世界旅行。タイトルだけは知っていた。
「ああ、よく知ってるな。」
「ヴェルヌの、他の作品を読んだことがあったんです。」
テリザは微笑んだ。
テリザはそれを手に取ってパラリとページをめくった。
月や、大砲の絵の落書きがところどころに見つかる。
「これってラッド様が…?」
テリザがラッドを見上げると、彼は少し笑った。
「ああ、俺が子供の頃に落書きしたやつだな。」