イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第5章 閉ざされて
***
「もう丸二日もこのままだったから…」
「……か?」
「いいや、それは…」
遠くから、声がする。
自分が箱に閉じ込められているよう。よく、聞こえない。
『―――テリザ?』
違う方から、別の声。
『来いよ。』
―――傷から零れ出た、記憶。
『こっちに、来い。』
あの人が、呼んでいる気がした。
大好きだった人。
苦しすぎる記憶が、内側から自分を呼んでいる。
このまま、闇に堕ちて行きたい。
いっそ、何もわからないように。
人間のドロドロした暗いところなんて、二度と見たくない。
「テリザ。」
もやのかかったような声が、遠のいていく。
代わりに、怒涛のようにあのシーンが蘇る。
『いやっ…!』
胸がえぐられる。全身が痺れて、震えた。
心臓が握り潰された気がした。
「っっ……!!!」
身を大きく震わせ、テリザは目を開いた。
「はぁ……はぁ……」
「……テリザ!」
肩で息をしているテリザを見て目を見開いたのは、ハルだった。
「―――目が覚めたか。」
安堵と心配の入り混じる視線ですら、テリザには恐怖に他ならなかった。
「見ないで…っ」
後ずさろうと身を起こしかけるが、身体が重たすぎて思うように動けない。
ハルはぴたりと動きを止め、目をそらした。
「…すまない。」
「っ……。」
胸が苦しくなり、テリザは目を伏せた。
「ルナを呼んで来よう。薬を作ってあるから、持って来させる。」
「……。」
ハルがドアを閉める間際、テリザは小さく「ごめんなさい…」と絞り出したが、彼の耳に届いたかはわからない。