イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第5章 閉ざされて
バスルームには、ついたて一つの向こうに湯を張ったバスタブがある。
お湯にはふわふわとした泡が浮かんでいて、いい香りがする。
通常はメイドについていてもらうらしいが、テリザは「慣れないから」と言ってルナの申し出を断った。
「それでは、お着替えをお持ちしておきますね。」
そう言ったルナに頷き、彼女が出ていくと、着せられていたガウンの紐を解いて裸になり、お湯に身を沈ませた。
冷え切っていた体に、沁みわたるように温度が伝わってくる。
痺れるような感覚に、テリザは、はぁっと息を吐き出した。
―――今更。 何を思えばいいのか、わからない。
ぱしゃんと水面を割って指先を目の前にかざしてみた。
見た目には、何も変わらない。
だけど―――
『穢された』……
穢れた。
その言葉が頭をよぎり、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
『一人でいた、お前が悪い。』
気持ちの悪い声。
男の手の感触が呼び覚まされ、テリザは胸に手を当てた。
「はぁ…はぁ…っ…」
息が詰まったみたいに、苦しい。うまく呼吸ができないみたいだった。
「ぁぁああ……」
絶望に沈んだ声が、浴室に反響した。
テリザは近くにあったスポンジを手に取ると、ゴシゴシと自分の体をこすり出した。
触れられた胸、脚、舐められた肩。
いつの間に、爪までもが肌を引っ掻き、白い肌が赤く擦れていくが、そんなことはどうでもよかった。
ただ、感触を早く消したかった。
擦れた肌に爪が食い込み、跡を残していく。痛みも感じない。
汚い、汚い、汚い、汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い―――
「テリザ様っ…!」
ふいに、右手を掴まれた。
ルナだった。水の跳ねる音を聞いたのだろうか。
とたんに脱力して、テリザはぐったりと体のこわばりを解いた。無意識に口が言葉を紡ぐ。
「大丈夫…大丈夫だから…。」
何を言っているのか自分でもよくわからないけど、テリザはルナの手を振りほどいた。
「大丈夫だから、もうちょっとだけ…。」
赤くこすれた肌にスポンジをあてがおうとしたが、再び手首を掴まれた。
「もうおしまいにしましょう…?」
そっとスポンジを取り上げられ、なだめるような声で言われた。
テリザは、ぼんやりとバスタブの縁に寄りかかった。