イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第6章 思惑
5分後、ラッドは自らハンドルを握り、あり得ない速度で車をとばしていた。助手席には、クリスがいる。
「警察も呼んだのに行くのか?」
自分から行こうと言ったにもかかわらず、クリスはわざとらしく訊ねた。
「当たり前だ。警察が信用できるか。それにな……」
不意にラッドの目が殺気立ち、彼は勢いよくハンドルを切った。タイヤの立てる甲高い音に、通行人が驚いて振り返る。
「俺の妹を傷つけた奴らのツラを拝まないと、気が済まない。」
「……。」
クリスはラッドとは対照的に、驚くほど冷静な目で彼の横顔を眺めた。
「あの女に随分な入れ込みようだな。」
「……。」
ラッドはぴくりと眉根を寄せ、一瞬クリスを見やったがすぐに道路に目を向けた。
「俺の妹だ。」
ラッドが短く答えると、クリスは鼻で笑った。
「『妹』か。」
わざとその言葉を強調するように繰り返すクリスに、ラッドはいつもならいささかむっとしたかもしれないが、今はそんな余裕もなかった。
(テリザ……。)
ラッドはぐっと歯を食いしばり、彼女の控え目な笑顔を想った。
死なせてはいけない。そばにいなければ。
(もうすぐだから…待っていろ。)
そんなラッドの様子を、クリスは無言で眺めていた。
額に汗を滲ませた男は、必死の形相をしている。
まるで何かを失うことを、過剰に恐れるかのように。
(……。)
クリスはふいっと目をそらすと、外に視線を向けた。
空は黒く染まり、雲に覆われて星は見えない。
まるでこの先のことを暗示しているようだ、とクリスは思った。