イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第7章 雨の音
「……薬の時間だ」
大丈夫か、とも、どうした、ともクリスは言わない。詮索が余計な情や傷を生むことをクリスは知っている。テリザは少しの間ここがどこか思い出すように視線を彷徨わせていたが、やがてこくりと小さく頷いた。
テリザが錠剤を水で飲み下していると、クリスは隣に来た。
「点滴をするから腕を出せ」
「……」
テリザは少し躊躇してから、右の袖を捲った。クリスは内心で、やっぱりかと思った。あの傷が自傷痕であることはほぼ間違いないとクリスは思っていた。だが彼女がそれを見られたくはなかっただろうというクリスの自責の念もあり、彼女に自ら捲らせたのだ。
しかしクリスの思惑は、複雑な思いに替わった。
テリザの右腕にも、数えきれないほどの傷跡が残っていた。左腕ほどは多くなく、太い傷は少なかったが、それでもよく見ればわかるほどの細い傷の跡が大量にあった。
袖を捲ったテリザは、クリスからふいっと視線を逸らした。傷を恥じ入る気持ちか、それとももっと別の何かか。いずれにせよ、クリスは詮索はせず、ただテリザの肘の内側に点滴針を刺した。