イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第7章 雨の音
「……」
今度は、アレクが言葉を失う番だった。彼は、ゆっくりと首を横に振った。
「…だからって、俺はあいつを放っておくことが一番だとは思えない。少しずつでも、元気にしてやる方がいいだろ?」
「そう思うなら、勝手にしろ。ラッドに知らせるのも、止めないぞ」
存外、クリスの口調は優しかった。
彼がテリザと交わした言葉は少なかった。しかしながら、クリスは彼女に似た性格の患者を扱ったことが何度かある。
他人からの好意が、受け入れられない。自分が愛されることが、気持ち悪くてならない。テリザの言葉の端々から、そんな感情が読み取れた。彼女の育った環境が過酷なものであったと、クリスは予想していた。
同じ境遇でもなければ、理解され難い感情だろう。アレクも、ろくでもない親に捨てられた身だが、彼はテリザのように自虐的になることなく、自分を強くもっている。それはおそらく彼の元々の性格が幸いしているのだろう。
テリザを放置しても、彼女がアレクのように前を向くことはないだろう。しかし無理に愛を押し付けることがどんな毒になるのかを、アレクは理解していない。