イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第7章 雨の音
クリスは時折、スーツを着て夜中に出かける。町医者としての役割を果たしているらしい彼には昼間に患者が来ることもあったが、夜の仕事では、それとは別の空気をテリザは感じていた。だが、深入りすることに意味も感じないため、何も訊ねなかった。クリスもまた、テリザに無駄な詮索はしなかった。離れたままでいてくれることが、テリザにはありがたかった。
横になったまま、テリザは机で書き物をしだしたクリスの横顔をぼんやりと見た。
「あの…クリスさん」
「何だ」
「体が治ったら…少しだけ、ここに置いてもらえないでしょうか」
「は……」
やっと、クリスは振り返った。呆れた顔をしている。
「どういうつもりだ」
「ごめんなさい。宿が見つかるまで...半日だけ、ここに荷物を置いてもらえないでしょうか」
それを聞いて、クリスは僅かに体の力を抜いた。
「ったく…それならそうと言え」
「駄目でしょうか?」
「別に、それぐらいならいい。仕事に戻る日には出るんだな?」
「はい…ありがとうございます」
クリスは何も言わずに、紙面に視線を戻した。
ここでは、クリスは放っておいてくれるから、ある意味ではクロムウェル家よりも安心できる。それでも、長くは世話になれない。早く出なければ、という焦りがじわじわと胸を侵食する。テリザはクリスに気付かれないように、長く息を吐き出した。