イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第9章 追憶
表向きは、何事もなかったかのように、元の生活に戻っていった。二人の妹も、弟も、何も知らない。父の罵声も暴力も何も変わらなかった。
ただテリザと兄の部屋は分けられ、元より体の弱かった母は益々弱り、着実にテリザの精神は蝕まれていった。
テリザは長い年月のうち、自分を責めた。
兄は悪くない。彼はろくに性教育を受けていなかったのだ。自分が止めれば、こんなことにはならなかったのだと。優しい彼は、己の罪に苦しんでいるのだ。そんな彼に今まで通り甘え、家族として優しくするのが自分の勤めだ。自分が苦しんでいることなど、些細な問題だ。傷ついていないようにふるまえば、母も、兄も、苦しまずに済む。
自分は汚い。自分は罪人だ。悪魔の子だ。全ては、自分の所為だ。
テリザは、本気でそう思い込んでいた。
憎い。憎い。憎い。自分がそう心の中で叫んでいることに、テリザは気付くことはなかった。
事実、その思い込みは上手くいっていた。