イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第2章 ティーカップ
テリザは、ここに来る途中に蒸気機関車の窓から見た、リングランドの街並を思い返した。
この街...リングランドは、国で一番の大都市だ。
立派な時計塔が建ち、街灯の照らす道を自動車が行き交う...その一方で、伝統ある名店や豪華な邸宅が立ち並び、貴族たちが毎夜パーティーを開く。
そんな風に、リングランドは最新の流行と国の伝統が溶けあっていることで有名だ。
(それから......)
「ふたつの貴族の名家が勢力争いをしている...と噂で聞いています」
二大貴族の当主同士が対立していることは、国中に知れ渡っている。
(一般市民の私には、縁遠い世界だけど...)
風の噂で聞いた話を口にすると、彼はふと深刻そうな表情になった。
「......その噂に、もうひとつ付け加えとけ。お前みたいにぼけっとしてると、一般市民だろうが貴族の争いに巻き込まれる」
(え......? 巻き込まれるって...なんの話だろう)
鋭い眼差しが一瞬かげった気がしたが、すぐに、彼は元の無愛想な表情に戻ってしまった。
「...俺はここのウェイターの、アレクだ。ここで働くんなら、とりあえずお前の名前を教えろよ」
「はい……テリザ、と申します、アレクさん。よろしくお願いします」
テリザがあいさつした。
「アレクでいい。面倒だから敬語もやめろ」
「え……」
アレクの言葉に、テリザは戸惑ったように目を瞬かせていたが、やがて
首を横に振った。
嫌な訳では無いが、それは馴れ馴れしすぎる気がした。
「ありがとうございます。…でも私は後輩ですし、このままで。」
テリザの固いままの返答に、アレクは明らかにムッとしたように眉根を寄せた。
「…とりあえず、マネージャーが来るまで、お前はその辺の隅でじっとしとけ」
「え...っ? でも、私も仕事を...」
「新人にうろちょろされると邪魔だ」
一声でテリザを制して、アレクはさっさと離れひとりで開店の準備を始めた。
(なんだか、無愛想な人だな......私も人のこと言えないけど。)
初対面の人に敬語を使わないフレンドリーさが、自分にはない。