ご主人様は突然に
第4章 佐藤の憂鬱
こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。
なにをするにも計画的に進めて
慎重派な俺だけど
今この瞬間は慎重になんかなれなくて
考えるより先に身体が動いていた
ただカノジョに会いたくて。
でも目的地が近づいてくると
不安が押し寄せてきた
きっと俺が目の前に現れたら
カノジョは驚くはずだ
¨なんで佐藤くんが?¨と。
俺はなんと言うべきなんだろう
たまたま?
それとも心配だったから?
後者の一言を伝えたら
カノジョはどんな反応をするのか
知りたいような、知りたくないような
複雑な気持ちだ
でも―――
セブンが見えてきて
店内で立ち読みをしている
カノジョの姿が目に入って
鼓動が高鳴る
自分の¨今¨の気持ちなんて後回しだ
困ってるなら助けてあげたい
それが最優先だ。
店内に入ってカノジョにそっと近づく
なにを読んでるのかコソッと覗くと
猫の写真集を見ていて
よく見れば顔がにやけていた
へぇ……猫が好きなんだ。
思えば俺はカノジョのことを
ほとんど知らない
知ってることと言えば……
強面のお兄さんがいること
大人しそうに見えて実は気が強いこと
あまり笑わないけど
時折見せる笑顔が破壊的に可愛いこと
脇目も振らずに緒方だけを見ていたこと
それくらいだ。
それだけしか、知らないんだ。
でも今カノジョは
こうやって俺の目の前にいる
カノジョのことをもっと知りたい
ただの同級生じゃなくて
男として意識してもらいたい
緒方と離婚の危機なんて
俺からすればまたとないチャンスで
そんなこと言えば
批判されるかもしれないけど
誰にも渡したくない
落合がライバルだとしても
渡したくないんだ
「……岩熊さん」
少し距離をとって声をかけると
ビクッと肩を跳ねさせて
岩熊さんはゆっくり振り返る
そして俺の顔を見て
すぐに安堵の表情を浮かべた
その些細な反応が心をくすぐる
「行こう!」
「え……佐藤くん!?」
気づけば岩熊さんの手を掴み
セブンを飛び出していた。