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果てない空の向こう側【ARS】

第9章 ベトナムの空の下へ(翔)

そんなことをしているうちに、霧がかかり東京の街が雲の中に消えた。

母「あら、見えなくなっちゃったよ…。」

母さんはしょんぼりとうなだれた。

翔「だから言ったんじゃん。こんな曇りの日はやめようって。」

母さんは、雲に隠れて見えない東京の街を、しばらく黙って眺めていた。

母「ねぇ、翔。ベトナムはどっちの方向だい?」

翔「え? 日本からはかなり南だよ。」

俺は展望台を歩いて、南西の方角へ来た。

そこからも、雲に隠れて何も見えなかった。

母「翔…。」

翔「何だよ。」

母「晴れた日なら、ベトナムまで見えるのかしらね…。」

翔「ば、馬鹿じゃないの? 見えるわけないじゃん。」

母「そうだよねえ…。見えるわけないよね…。」

俺たちは、展望台を降りると浅草の天丼屋に寄った。

俺は海老天丼を、母さんは穴子天丼を注文した。

ほどなくして運ばれてきた天丼は、油の香ばしい匂いとタレの甘辛い香りが立ち上り、思わず喉が鳴った。

翔母「いただきます。」

海老天をひとくちかじると、サクッとした衣からプリプリの海老が顔をのぞかせた。

翔「んめぇ!」

俺は口の中の海老が胃に消えぬ前に、タレがからんだ飯をかき込んだ。

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