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果てない空の向こう側【ARS】

第9章 ベトナムの空の下へ(翔)

母さんは、俺の丼に穴子天をひとつ乗せて寄こした。

母さんの顔を見ると、黙って笑っている。

外食する時、母さんはいつもそうだ。

兄弟の中で一番たくさん食う俺の皿に、いつも自分のおかずを分けてくれる。

俺が大人になっても、母さんのこの習慣は変わらない。

翔「……。」

俺は何も言わず、穴子天をかじった。

ちょっと目頭が熱くなってきたから、丼に顔をうずめて飯をかき込んだら、むせて、咳がでた。

涙が出た。

むせたから、咳が出たから、涙が出た。

そう自分に言い聞かせた。

天丼屋を出てぶらぶらしてたら、レトロな洋館の前に来た。

母「神谷バーね。若い頃、父さんと来たわ。」

その古い洋館は神谷バーと言って、明治から続くバーだった。

翔「神谷バー…? ああ、デンキブランの?」

デンキブランとは、そのバーの名物のカクテルだ。

まだ日は高かったけど、母さんと父さんの思い出のバーで、一杯飲んで帰ることにした。

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