
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
「ホウ、では、訊くが、そなたの父は領民を労る賢き君主であったそうな。さりながら、その民思いの優しき領主が何ゆえ、俺からの縁組の申し出を断った? 断れば、たちまちにして領国に攻め入り、村を焼き払い民を皆殺しにすると申したはずだが?」
「―」
千寿が悔しげに唇を噛みしめる。
少年を見て、嘉瑛は片頬を歪めた。
そんな笑い方をすると、酷薄そうな眼がいっそう際立つ。
「無類の女好きで鬼と謳われる暴君に、大切な姫はやれぬと、そなたの父はそのように申したのであろう。それはそれで結構。しかし、真に民を思う領主であらば、我が娘の幸せよりはまず先に領民の安寧を考えるのが筋というものではないか」
千寿はうなだれた。悔しいが、嘉瑛の言い分はもっともなことだ。
千寿自身、口にこそ出さなかったけれど、やはり父も最後は一国の国主であるより一人の父親にすぎなかった―公人としての義務よりも私人しての情を優先させたのだと思わざるを得なかった。
嘉瑛方の最後の総攻撃によって白鳥城が落城した直後、千寿と万寿姫の兄妹は近くの奇蹟的に焼け残った村に身を隠した。幸いにも、その村は白鳥城に仕えた侍女の里でもあった。侍女は村長(むらおさ)の娘で、村長は兄妹をひそかに匿ってくれた。しかし、城が落ちて五日め、敵方の残党狩りは思いの外厳しく、ついに二人は追っ手の兵に発見され、木檜城へと連行されるに至った。
「ふうん、口ほどにもない奴め。反論の一つもできぬか」
嘉瑛は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「そなたの父は馬鹿だ。つまらぬ意地と誇り、我が娘可愛さのあまり、一国の君主としての道を誤った。もし俺を娘婿に迎えていれば、俺は舅どのとして通親への礼は尽くしただろう」
「あ、あなたにそのようなたいそうなことを言える資格があるのか」
千寿は怒りに戦慄(わなな)きながら、言った。
ザワリと嘉瑛の背後に並んだ家臣たちがざわめく。〝我がお館さまにこうまで面と向かって逆らうて、無事で済んだ者はおらぬ。生命知らずの小倅よ、哀れな〟と囁く声が洩れ聞こえた。
「ホウ?」
嘉瑛が愉快そうに肩をすくめて見せる。
「―」
千寿が悔しげに唇を噛みしめる。
少年を見て、嘉瑛は片頬を歪めた。
そんな笑い方をすると、酷薄そうな眼がいっそう際立つ。
「無類の女好きで鬼と謳われる暴君に、大切な姫はやれぬと、そなたの父はそのように申したのであろう。それはそれで結構。しかし、真に民を思う領主であらば、我が娘の幸せよりはまず先に領民の安寧を考えるのが筋というものではないか」
千寿はうなだれた。悔しいが、嘉瑛の言い分はもっともなことだ。
千寿自身、口にこそ出さなかったけれど、やはり父も最後は一国の国主であるより一人の父親にすぎなかった―公人としての義務よりも私人しての情を優先させたのだと思わざるを得なかった。
嘉瑛方の最後の総攻撃によって白鳥城が落城した直後、千寿と万寿姫の兄妹は近くの奇蹟的に焼け残った村に身を隠した。幸いにも、その村は白鳥城に仕えた侍女の里でもあった。侍女は村長(むらおさ)の娘で、村長は兄妹をひそかに匿ってくれた。しかし、城が落ちて五日め、敵方の残党狩りは思いの外厳しく、ついに二人は追っ手の兵に発見され、木檜城へと連行されるに至った。
「ふうん、口ほどにもない奴め。反論の一つもできぬか」
嘉瑛は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「そなたの父は馬鹿だ。つまらぬ意地と誇り、我が娘可愛さのあまり、一国の君主としての道を誤った。もし俺を娘婿に迎えていれば、俺は舅どのとして通親への礼は尽くしただろう」
「あ、あなたにそのようなたいそうなことを言える資格があるのか」
千寿は怒りに戦慄(わなな)きながら、言った。
ザワリと嘉瑛の背後に並んだ家臣たちがざわめく。〝我がお館さまにこうまで面と向かって逆らうて、無事で済んだ者はおらぬ。生命知らずの小倅よ、哀れな〟と囁く声が洩れ聞こえた。
「ホウ?」
嘉瑛が愉快そうに肩をすくめて見せる。
