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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第1章 落城~悲運の兄妹~

 嘉瑛の居城木檜城本丸の庭にはその日、重臣一同がずらりと居並んだ。縁廊に腰掛けているのが当の嘉瑛、家臣たちは皆、その背後に座っている。
「面を上げい」
 嘉瑛の声が響く。少年は両手を後ろで一つに縛られている。地面に胡座をかいているが、嘉瑛が再度声をかけても、終始うつむいたままであった。
「聞こえぬか、面を上げよと申しておる」
 嘉瑛の声が甲走る。が、やはり少年は微動だにしなかった。
「こわっぱ、生命が惜しいのであれば、お館さまの仰せには素直に従うことじゃ」
 重臣の中から声をかける者がいた。
「良い」
 嘉瑛はその者を手で制すると、やおら立ち上がる。
「流石は強情者の親父どのの血を引くだけはあって、倅もやはり意地だけは人一倍のようじゃ。しかしながら、長い物には巻かれよと申す諺も知らぬでは、やはり、意地っばりなだけの阿呆だとしかいえぬではないか、のう、こわっぱよ」
 嘉瑛は階(きざはし)を降りると、草履を突っかけ、つかつかと少年に近寄る。
「どれ、その強情者の面構えをとくと拝ませて貰うとするか」
 顎に手を掛けてクイと顔を持ち上げられた。
 咄嗟に顔を背けたものの、グイと物凄い力で顔をねじ曲げられる。
 いやでも、憎い敵の顔が眼に入ってきた。
 濃い眉が印象的な精悍な風貌の男だ。身の丈は相当のもので、武芸の鍛錬も欠かさぬことを物語るかのような偉丈夫であった。これだけを見れば、いかにも戦神と讃えられる天下無双の名将の風格を備えているようにも見える。
 ただ、眼だけが冷え冷えとした光を放ち、この男の酷薄さを象徴していた。
―この男が木檜嘉瑛、父上や母上を無惨に焼き殺した慮外者か!
 千寿は嘉瑛をキッと睨みつけた。もし視線だけで人を射殺せるものならば、千寿はこの時、間違いなく嘉瑛を殺していたに相違なかろう。
「我が父を愚弄することは許さぬ」
 千寿が燃えるような視線で嘉瑛を睨(ね)めつけた時、嘉瑛が不敵に笑った。

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