
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
心優しい乳母もまた、千寿のゆく末をひたすら案じながら去っていった。
「千寿よ」
父の声に、千寿はハッと現実に引き戻された。
「父上」
千寿は唇を噛みしめた。
松波と葉月を逃してやったときから、既に覚悟はできていた。この戦国の世を生きる者の常として、いつ、どこで落命するやもしれぬとは幼時から言い聞かされてきた。ゆえに、敵方にまさに我が城が攻め落とされようとしているこの瞬間、自分の生命もまた風前の灯火であるのだと知っている。
むろん、十五の千寿にとって、死は怖くないといえば嘘になろう。が、それ以上に名門長戸家の直系を受け継ぐべきただ一人の男子としての誇りは大きい。長戸家は元を正せば、室町幕府を開いた初代将軍足利尊氏の子元氏を祖とする由緒ある名家だ。元氏は尊氏の庶子ではあったが、今日までその血は連綿として受け継がれ、今日に至っている。
父通親はこの乱世を生きるには、あまりに穏やかで、優しすぎる人物だったのかもしれない。殺戮よりも和睦を好み、鳥や樹々や花を愛し、歌を吟ずる風流な人柄であった。
その父が何ゆえ、隣国の木檜嘉瑛からの結婚の申し込みを断ったのかは判らない。
嘉瑛から妹万寿姫との縁組の申し込みがあったのは、今から半年ほど前のことになる。父はその文を読むと、すぐに返書をしたためた。
むろん、通親に嘉瑛と万寿姫との結婚を認める気はなく、書状は丁重にその旨辞退するというものであった。だが、嘉瑛がそれで納得するはずもない。
そのひと月後、嘉瑛からの書状を携えた使者が再度、白鳥城を訪れた。これにも通親は前回と同様、断りの返事をしたためた。
そんなことを幾度か繰り返した挙げ句、ついに嘉瑛側から、この縁組を拒めば、即刻白鳥(しらとり)城を攻めるとのいわば脅迫状が届いたのである。
―父上、何故に、そのように嘉瑛との縁組を拒まれますか?
愚問であるとは判っていた。木檜嘉瑛を良く言う者など、どこにも一人としていない。残虐で冷酷非道、ひとたび戦(いくさ)となれば戦(いくさ)神(がみ)と謳われるほどの闘いぶりを見せる名将ではあるが、捕らえた捕虜はすべて串刺しに、女であれば、手籠めにして嬲り尽くした後、自らの剣で叩き切るという。ひとかけらの情けすら、この男は持ち合わせてはいないのだと噂されているほどである。
「千寿よ」
父の声に、千寿はハッと現実に引き戻された。
「父上」
千寿は唇を噛みしめた。
松波と葉月を逃してやったときから、既に覚悟はできていた。この戦国の世を生きる者の常として、いつ、どこで落命するやもしれぬとは幼時から言い聞かされてきた。ゆえに、敵方にまさに我が城が攻め落とされようとしているこの瞬間、自分の生命もまた風前の灯火であるのだと知っている。
むろん、十五の千寿にとって、死は怖くないといえば嘘になろう。が、それ以上に名門長戸家の直系を受け継ぐべきただ一人の男子としての誇りは大きい。長戸家は元を正せば、室町幕府を開いた初代将軍足利尊氏の子元氏を祖とする由緒ある名家だ。元氏は尊氏の庶子ではあったが、今日までその血は連綿として受け継がれ、今日に至っている。
父通親はこの乱世を生きるには、あまりに穏やかで、優しすぎる人物だったのかもしれない。殺戮よりも和睦を好み、鳥や樹々や花を愛し、歌を吟ずる風流な人柄であった。
その父が何ゆえ、隣国の木檜嘉瑛からの結婚の申し込みを断ったのかは判らない。
嘉瑛から妹万寿姫との縁組の申し込みがあったのは、今から半年ほど前のことになる。父はその文を読むと、すぐに返書をしたためた。
むろん、通親に嘉瑛と万寿姫との結婚を認める気はなく、書状は丁重にその旨辞退するというものであった。だが、嘉瑛がそれで納得するはずもない。
そのひと月後、嘉瑛からの書状を携えた使者が再度、白鳥城を訪れた。これにも通親は前回と同様、断りの返事をしたためた。
そんなことを幾度か繰り返した挙げ句、ついに嘉瑛側から、この縁組を拒めば、即刻白鳥(しらとり)城を攻めるとのいわば脅迫状が届いたのである。
―父上、何故に、そのように嘉瑛との縁組を拒まれますか?
愚問であるとは判っていた。木檜嘉瑛を良く言う者など、どこにも一人としていない。残虐で冷酷非道、ひとたび戦(いくさ)となれば戦(いくさ)神(がみ)と謳われるほどの闘いぶりを見せる名将ではあるが、捕らえた捕虜はすべて串刺しに、女であれば、手籠めにして嬲り尽くした後、自らの剣で叩き切るという。ひとかけらの情けすら、この男は持ち合わせてはいないのだと噂されているほどである。
