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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第1章 落城~悲運の兄妹~

 父のような温厚な人物が嘉瑛を好むとは思えない。案の定、父は千寿の問いに対して、うっすらと微笑んだだけで何も応えなかった。が、沈黙が何よりの応えであると、千寿には理解できた。
 通親はあくまでも縁組を断り続け、こうしてついに闘いの火蓋は切って落とされた。
 嘉瑛から総攻撃が仕掛けられたのは今からひと月前のこと、元々、通親の居城は堅固でもなく、白鳥(はくちよう)が翼をひろげたような優美なその白亜の姿から白鳥城と呼ばれるようになったという平城である。稀代の戦上手と謳われる嘉瑛にかかっては、ひとたまりもなかった。
 通親も奮戦し、よく戦い抜いたものの、城はわずかひと月と保(も)たなかった。
「父上、私はもとより覚悟はできておりまする。長戸家の血を引く者として、最期まで見苦しくなく、潔く散りたいと存じます」
 しっかりとした声で応える千寿を見て、通親が眼をしばたたいた。十五歳という年齢よりは大人びているはといえ、所詮、まだ元服も済ましてはおらぬ前髪立ちの少年なのだ。
 美貌で知られた母勝子ゆずりの整った面には、まだ幼さが十分に残っていた。
「千寿、私はそなたに、この長戸家のゆく末を託そうと思う」
「―?」
 父の言葉の意味を千寿は咄嗟に計りかねた。
「父上、一体、それはいかなる意味にござりますか」
 小首を傾げた千寿の表情は余計にあどけなく見える。
 通親は千寿からそっと眼を逸らし、傍らでやはり不安げに自分を見上げる妹姫に視線を移す。千寿とは一つ違いの妹万寿姫は、まるで双子と言っても良いほど生き写しであった。少年ながら小柄で華奢な千寿と万寿姫は背格好も殆ど変わらない。よくよく見れば、やはり少女と少年の体軀の違いこそあれ、同じ格好をさせれば、まず他人には見分けがつくまい。
 死の恐怖と直面しながらのこの苛酷な状況にも、千寿は果敢に立ち向かおうとしている。
 戦国武将であれば、誰もが常に生と死の狭間で生きている。いつ裏切られるか、裏切るかの極限状態―、それが弱き者は強き者に屠られる乱世の習いであった。通親は自身もまた幼時から、そのように父に教えられて育ってきたのだ。

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