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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第1章 落城~悲運の兄妹~

 心だけが宙に浮かび、真上から介抱されている自分の抜け殻―身体を俯瞰しているとでもいえば良いのだろうか。
「それにしても、お館さまは怖ろしき方よ」
 牢番の怖ろしげな呟きが、千寿の耳にはやけに遠く聞こえ、やがて、少年の意識は暗闇にすっぽりと呑み込まれた。

 千寿はそれから半月間、死の淵をさ迷うことになった。背中にできた火傷が化膿し、高熱を発したのだ。牢番たちがひそかに傷の手当てをしてくれたお陰で、千寿は九死に一生を得た。
 牢番たちは背中に張った薬草をこまめに取り替え、焼けるような高熱で喘ぐ千寿の唇に水を注ぎ込んだ。あの者たちの助けがなければ、千寿は間違いなく死んでいたはずだった。
 ひとたび快方に向かってからの回復は早かった。元々、十五歳という健康な肉体を持つ少年は、見る間に健康を取り戻した。この頃から、千寿は再び、生きる気力を取り戻した。
 というのも、すっかり顔馴染みになった牢番の一人恒吉(こうきち)から、木檜城の内情を知らされたからであった。
 嘉瑛は自らが属国とした白鳥の国の国主長戸通親の娘万寿姫との婚礼を今月末に定めたという。城は今、その婚礼の支度で多忙を極めているということであった。久々に妹の動向を聞き、千寿の心に初めて生きるという二文字が浮かんだ。
 むろん、たった一人の妹の存在を片時たりとも忘れたことはない。しかし、我が身のあまりの運命の激変に、十五歳の千寿はついてゆくだけで精一杯であった。
―姫を、そなたの妹を頼みますよ。
 落城寸前の白鳥城から落ち延びる間際、母から託された妹であってみれば、何としてでも万寿姫だけは兄として守らねばならない。
―みすみす、あのような獣に大切な妹をくれてやるものか!
 今ならば、嘉瑛の再三の結婚の申し出を父が断ったその理由を千寿も理解できた。
 嘉瑛の所業は、気違いじみている。いつだったか、自分が近隣の村から攫ってきた妊婦を思いのままに陵辱した挙げ句、産み月も近いその腹を切り裂いたという実に陰惨な逸話まである男だ。果たして、その噂の真偽のほどは定かではないけれど、あの残虐な男であれば、そのようなことも平然とやってのけたとしても不思議ではない。
 すっかり傷の癒えた千寿が地下牢から引き出されるときが来た。

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