
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
―敵将の遺児なぞ、この際殺して、長戸氏の血を根絶やしにするべきですぞ。
そんな重臣たちの意見を無視し、嘉瑛は千寿を小姓として傍に置くことにしたのである。
―我がお館さまは軍略、戦に関しては天才的な閃きをお持ちになるが、やはり、真は阿呆ではないか。自らが攻め滅ぼした国の将の忘れ形見をお召し抱えになるとは、はてさて、怖れも知らぬ所業と申すか、無謀というにはあまりにも考えがなさすぎると申すか。
皆が陰でそう囁き合ったが、当の嘉瑛は平然としていた。
だが、嘉瑛が何を考えて千寿を側小姓に取り立てたのかは直に知れた。
要するに、千寿をひと思いに殺すよりは、側に置いてさんざんいたぶり、嬲ってやろうという魂胆であった。いかにも嘉瑛らしいといえば、彼らしいやり方ではあった。
食事は牢内にいたときよりは、随分とマシになり、薄い粥だけでなく、たまには魚や味噌汁がつくようになった。側小姓とはいっても、建て前だけのことで、現実には馬番である。夜は馬小屋に積まれた藁を褥にして眠り、嘉瑛が狩りにゆくときには、徒歩(かち)で付き従う。
厩の掃除をするため、千寿の小袖も袴も馬の糞尿の匂いが染みついてしまった。白鳥城を出るときに着の身着のままであったせいで、着替えもなく、ずっと同じ格好である。そのせいで、余計に垢まみれで、元は白い素肌が黒炭のように黒く汚れていた。
そんな薄汚れた身であってみれば、城中に脚を踏み入れることは到底叶わず、従って、妹万寿姫がどのような扱いを受けているのかまでは知ることはできなかった。
地下牢を出て以来、牢番の恒吉ともあまり顔を合わせる機会もない。
妹の身を案じながら、千寿は陽が昇る夜明け前には起き出し、馬に餌を与える。それから、近くの森までゆき、森の入り口近くにある泉水から水を汲み、厩まで運んだ。天秤棒に下げた桶二つを一杯にしても、幾度も往復せねばならず、正直、水汲みは千寿の仕事の中で最も辛いものであった。
何往復かを繰り返し、大きな水瓶がやっと一杯になる。その水は、一日の馬たちの飲み水ともなり、また馬の体を洗う際、厩の掃除にも使う。貴重な一日分の水である。
が、この仕事にはひそかな愉しみもある。ろくに風呂に入ることも叶わぬ身である。泉水の清らかな水に身を浸すことは何よりの気散じになった。
そんな重臣たちの意見を無視し、嘉瑛は千寿を小姓として傍に置くことにしたのである。
―我がお館さまは軍略、戦に関しては天才的な閃きをお持ちになるが、やはり、真は阿呆ではないか。自らが攻め滅ぼした国の将の忘れ形見をお召し抱えになるとは、はてさて、怖れも知らぬ所業と申すか、無謀というにはあまりにも考えがなさすぎると申すか。
皆が陰でそう囁き合ったが、当の嘉瑛は平然としていた。
だが、嘉瑛が何を考えて千寿を側小姓に取り立てたのかは直に知れた。
要するに、千寿をひと思いに殺すよりは、側に置いてさんざんいたぶり、嬲ってやろうという魂胆であった。いかにも嘉瑛らしいといえば、彼らしいやり方ではあった。
食事は牢内にいたときよりは、随分とマシになり、薄い粥だけでなく、たまには魚や味噌汁がつくようになった。側小姓とはいっても、建て前だけのことで、現実には馬番である。夜は馬小屋に積まれた藁を褥にして眠り、嘉瑛が狩りにゆくときには、徒歩(かち)で付き従う。
厩の掃除をするため、千寿の小袖も袴も馬の糞尿の匂いが染みついてしまった。白鳥城を出るときに着の身着のままであったせいで、着替えもなく、ずっと同じ格好である。そのせいで、余計に垢まみれで、元は白い素肌が黒炭のように黒く汚れていた。
そんな薄汚れた身であってみれば、城中に脚を踏み入れることは到底叶わず、従って、妹万寿姫がどのような扱いを受けているのかまでは知ることはできなかった。
地下牢を出て以来、牢番の恒吉ともあまり顔を合わせる機会もない。
妹の身を案じながら、千寿は陽が昇る夜明け前には起き出し、馬に餌を与える。それから、近くの森までゆき、森の入り口近くにある泉水から水を汲み、厩まで運んだ。天秤棒に下げた桶二つを一杯にしても、幾度も往復せねばならず、正直、水汲みは千寿の仕事の中で最も辛いものであった。
何往復かを繰り返し、大きな水瓶がやっと一杯になる。その水は、一日の馬たちの飲み水ともなり、また馬の体を洗う際、厩の掃除にも使う。貴重な一日分の水である。
が、この仕事にはひそかな愉しみもある。ろくに風呂に入ることも叶わぬ身である。泉水の清らかな水に身を浸すことは何よりの気散じになった。
