龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第2章 流転~身代わりの妻~
「ホウ、これは見事なものだな」
嘉瑛が珍しく感嘆の声を上げた。
確かに、海芋の花は、見る者の心を癒やしてくれるような、そんな不思議な魅力があった。ましてや、一面を紅海芋の花が埋め尽くしている様は、さながら花の楽園、この世の浄土のようでもある。嘉瑛ほどの男でも、この光景を目の当たりにすれば、何かしら心に感じるものがあるのだろうか。
花を眺める嘉瑛の横顔は、いつもと異なり、幾分、穏やかであった。
嘉瑛がふと腰を屈め、一輪の紅海芋に手を伸ばした。
「あ―」
声を出してしまってから、まずいと気付いても後のまつりである。
「何だ」
案の定、嘉瑛がギロリと怖い眼で睨んだ。
「お館さま、折角きれいに咲いておるものゆえ、このままになさっておいた方が花も歓びましょう。ひとたび摘めば、紅海芋の花は一日と保ちませぬが、このままであれば、ひと月は見る者の眼を愉しませてくれまする」
海芋とは不思議な花で、花期が非常に長い。毎日朝方開き、夕方には閉じるが、ほぼひと月にわたって咲き続ける花であった。このため、海芋の花は縁起が良いと、この近隣の国々では昔から言い伝えられ、子どもが生まれて初めて食べさせる物は海芋の実(地下になる実)をやわらかく煮て、すりおろしたものを使う。
海芋の実は里芋に似ていて〝海芋〟という名は、実が里芋に似ていることから、つけられた。味の方は今一つではあるが、海芋の花期が長いことから、子どもの寿命が延びると言われているのだ。
後で、千寿は我が身の迂闊さをどれほど後悔したか知れない。嘉瑛という男の怖ろしさをその身でいやというほど知り尽くしているはずなのに、何故、余計なことを言ってしまったのか。恐らく、幼い頃から慣れ親しんできた紅海芋の花を手折るに忍びないと思ってしまったからだろう。
千寿が生まれ育った白鳥城の庭にも、海芋の花がたくさんあった。いや、白鳥の国にせよ、ここ木檜の国にせよ、この近辺諸国には海芋の花は圧倒的に多い。比較的、日常、よく見かける花だ。つまりは、その国に暮らす人々にとってもそれだけ馴染み深い花ともいえる。
殊に、紅海芋は母のこよなく愛した花でもあった。
嘉瑛が珍しく感嘆の声を上げた。
確かに、海芋の花は、見る者の心を癒やしてくれるような、そんな不思議な魅力があった。ましてや、一面を紅海芋の花が埋め尽くしている様は、さながら花の楽園、この世の浄土のようでもある。嘉瑛ほどの男でも、この光景を目の当たりにすれば、何かしら心に感じるものがあるのだろうか。
花を眺める嘉瑛の横顔は、いつもと異なり、幾分、穏やかであった。
嘉瑛がふと腰を屈め、一輪の紅海芋に手を伸ばした。
「あ―」
声を出してしまってから、まずいと気付いても後のまつりである。
「何だ」
案の定、嘉瑛がギロリと怖い眼で睨んだ。
「お館さま、折角きれいに咲いておるものゆえ、このままになさっておいた方が花も歓びましょう。ひとたび摘めば、紅海芋の花は一日と保ちませぬが、このままであれば、ひと月は見る者の眼を愉しませてくれまする」
海芋とは不思議な花で、花期が非常に長い。毎日朝方開き、夕方には閉じるが、ほぼひと月にわたって咲き続ける花であった。このため、海芋の花は縁起が良いと、この近隣の国々では昔から言い伝えられ、子どもが生まれて初めて食べさせる物は海芋の実(地下になる実)をやわらかく煮て、すりおろしたものを使う。
海芋の実は里芋に似ていて〝海芋〟という名は、実が里芋に似ていることから、つけられた。味の方は今一つではあるが、海芋の花期が長いことから、子どもの寿命が延びると言われているのだ。
後で、千寿は我が身の迂闊さをどれほど後悔したか知れない。嘉瑛という男の怖ろしさをその身でいやというほど知り尽くしているはずなのに、何故、余計なことを言ってしまったのか。恐らく、幼い頃から慣れ親しんできた紅海芋の花を手折るに忍びないと思ってしまったからだろう。
千寿が生まれ育った白鳥城の庭にも、海芋の花がたくさんあった。いや、白鳥の国にせよ、ここ木檜の国にせよ、この近辺諸国には海芋の花は圧倒的に多い。比較的、日常、よく見かける花だ。つまりは、その国に暮らす人々にとってもそれだけ馴染み深い花ともいえる。
殊に、紅海芋は母のこよなく愛した花でもあった。