
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
そんな通親であってみれば、戦うよりも政略による婚姻を結んで、その絆によって同盟をと考えないでもなかった。だが、無類の女好きとで残虐さで知られる悪名高きあの男にだけは、我が娘を差し出す気にはなれなかった。
通親は千寿が物心つく前から、人と人の心を結ぶために使うのは刃ではなく、真心なのだと教えてきた。今はまだ戦国の世で、どれほど屍の山を築いたかで武将としての価値が問われるような時代だけれど、いつかきっと近い中に天下を統一し、この荒ぶる世を鎮める真の英雄が現れるに違いない―と。
―殺した者の数ではなく、人の心をどれだけ惹きつけることができるかどうかで、その武将の本当の強さというものを計るんだ。
それが、通親がたった一人の嫡男に伝え続けてきた教えであった。
「千寿、そなたはここで父や母と共に死ぬには及ばぬ」
通親がひと息に言い切ったその刹那、千寿の黒い瞳が大きく見開かれた。
「父上、それは!」
千寿の幼さを残す顔には、当惑と哀しみがまざまざと表れていた。無理もない、たった今、この瞬間まで、千寿は両親と共に紅蓮の焔の中で死ぬのだと思い込んでいたのだ。
通親はかすかに笑むと、二人の我が子を片方ずつの手でそっと引き寄せた。
「どのようなことがあっても必ず生き延びよ、千寿」
「さりながら、武門の家に生まれた男子たる者、たとえ幼き身といえども、万が一の場合起こりしときには潔く死ぬるべしと父上はこの私に仰せられていたではございませぬか」
千寿が抗議するような口調で叫んだ。
「父上さま、私も兄(あに)さまと同じ気持ちでございます。どうか、私どもも父上さまや母上さまと共にお連れ下さいませ」
万寿姫も千寿と口を揃え、通親に縋るような眼を向けた。
「それはならぬ、姫」
通親は、万寿姫をやんわりとたしなめた。
「そなたには、この長戸家の血を後に伝えるという大切な使命がある」
「では、父上さまは、この私に残忍で夜叉のような男だと評判の木檜嘉瑛のものになれと仰せにございますか?」
万寿姫が絶望のあまり、悲鳴のような声を上げた。一つ違いの兄とそっくりなこの姫は、可憐な桜色の唇を震わせた。
通親は千寿が物心つく前から、人と人の心を結ぶために使うのは刃ではなく、真心なのだと教えてきた。今はまだ戦国の世で、どれほど屍の山を築いたかで武将としての価値が問われるような時代だけれど、いつかきっと近い中に天下を統一し、この荒ぶる世を鎮める真の英雄が現れるに違いない―と。
―殺した者の数ではなく、人の心をどれだけ惹きつけることができるかどうかで、その武将の本当の強さというものを計るんだ。
それが、通親がたった一人の嫡男に伝え続けてきた教えであった。
「千寿、そなたはここで父や母と共に死ぬには及ばぬ」
通親がひと息に言い切ったその刹那、千寿の黒い瞳が大きく見開かれた。
「父上、それは!」
千寿の幼さを残す顔には、当惑と哀しみがまざまざと表れていた。無理もない、たった今、この瞬間まで、千寿は両親と共に紅蓮の焔の中で死ぬのだと思い込んでいたのだ。
通親はかすかに笑むと、二人の我が子を片方ずつの手でそっと引き寄せた。
「どのようなことがあっても必ず生き延びよ、千寿」
「さりながら、武門の家に生まれた男子たる者、たとえ幼き身といえども、万が一の場合起こりしときには潔く死ぬるべしと父上はこの私に仰せられていたではございませぬか」
千寿が抗議するような口調で叫んだ。
「父上さま、私も兄(あに)さまと同じ気持ちでございます。どうか、私どもも父上さまや母上さまと共にお連れ下さいませ」
万寿姫も千寿と口を揃え、通親に縋るような眼を向けた。
「それはならぬ、姫」
通親は、万寿姫をやんわりとたしなめた。
「そなたには、この長戸家の血を後に伝えるという大切な使命がある」
「では、父上さまは、この私に残忍で夜叉のような男だと評判の木檜嘉瑛のものになれと仰せにございますか?」
万寿姫が絶望のあまり、悲鳴のような声を上げた。一つ違いの兄とそっくりなこの姫は、可憐な桜色の唇を震わせた。
