
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第2章 流転~身代わりの妻~
妹の突然の死という事態を受け止め切れぬまま、千寿はひとたびは厩に戻った。考えねばならぬことは山のようにあったが、様々な考えがぐるぐると頭を忙しなく駆けめぐり、なかなか一つにまとまない。身体の方は疲れているのに、意識だけは妙に醒めた状態でうずたかく積んだ藁の寝床に転がっている中に、いつしか微睡んだらしい。
千寿は夢を見ていた。
白海芋の花が群れ咲く野原の中央に、妹がひっそりと佇んでいる。万寿姫は白い小袖を身に纏い、淡く微笑していた。
その手に握りしめられているのは、ひとふりの懐剣。そう、白鳥城が落ちる前、母が娘に託した守り刀である。
―姫、駄目だ。死んではならぬ。
千寿が声高く叫んでも、万寿姫はまるで聞こえてはおらぬように、懐剣の鞘を払う。
きらめく切っ先を白い喉許に当てた刹那、真っ赤な鮮血が辺りに飛び散り、白い花を禍々しいほどに不吉な紅色に染めた。
―何故、死に急ぐ。父上も母上も私たちに生きよ、生き延びて、この長戸家の血を後世に伝えよと仰せになったではないか。
声が嗄(か)れんばかりに呼びかける。
千寿は大粒の涙を零しながら妹に呼びかけるが、一面、血の色に染まった視界は、可愛い妹姫の姿を覆い隠してしまった。
それでも、千寿はそれが空しいことと知りながら、万寿姫の名を呼び続けた―。
その暁方、千寿は突如としてその身柄を拘束された。数人の物々しいいでたちの武将に囲まれ、連れてゆかれたのは木檜城の奥御殿だった。これまで一度として脚を踏み入れたことのない城は、白鳥城とは全く対照的で、外観からしてみても、見る者を威圧するかのような堅固な山城であった。小高い山の上に建つ城は、それ自体が自然の要塞でもある。
奥向きに連行された千寿は湯浴みをさせられ、大勢の侍女たちの手で磨き上げられた。
仮にもそろそろ元服を済ませようかという男子が、若い侍女たちに裸を見られるのは、耐えがたい羞恥心に襲われる。しかし、幾ら固辞しても、侍女たちは無表情に〝お館さまの仰せ〟と繰り返すだけで、後ろに引こうとはしなかった。
結局、湯殿で磨き立てられ、湯上がりにはきらびやかな紅い小袖まで着せられ、化粧まで施された。小袖は明らかに女物だ。
千寿は何度も抗議しようとしたが、侍女たちは端(はな)から相手にしてくれなかった。
千寿は夢を見ていた。
白海芋の花が群れ咲く野原の中央に、妹がひっそりと佇んでいる。万寿姫は白い小袖を身に纏い、淡く微笑していた。
その手に握りしめられているのは、ひとふりの懐剣。そう、白鳥城が落ちる前、母が娘に託した守り刀である。
―姫、駄目だ。死んではならぬ。
千寿が声高く叫んでも、万寿姫はまるで聞こえてはおらぬように、懐剣の鞘を払う。
きらめく切っ先を白い喉許に当てた刹那、真っ赤な鮮血が辺りに飛び散り、白い花を禍々しいほどに不吉な紅色に染めた。
―何故、死に急ぐ。父上も母上も私たちに生きよ、生き延びて、この長戸家の血を後世に伝えよと仰せになったではないか。
声が嗄(か)れんばかりに呼びかける。
千寿は大粒の涙を零しながら妹に呼びかけるが、一面、血の色に染まった視界は、可愛い妹姫の姿を覆い隠してしまった。
それでも、千寿はそれが空しいことと知りながら、万寿姫の名を呼び続けた―。
その暁方、千寿は突如としてその身柄を拘束された。数人の物々しいいでたちの武将に囲まれ、連れてゆかれたのは木檜城の奥御殿だった。これまで一度として脚を踏み入れたことのない城は、白鳥城とは全く対照的で、外観からしてみても、見る者を威圧するかのような堅固な山城であった。小高い山の上に建つ城は、それ自体が自然の要塞でもある。
奥向きに連行された千寿は湯浴みをさせられ、大勢の侍女たちの手で磨き上げられた。
仮にもそろそろ元服を済ませようかという男子が、若い侍女たちに裸を見られるのは、耐えがたい羞恥心に襲われる。しかし、幾ら固辞しても、侍女たちは無表情に〝お館さまの仰せ〟と繰り返すだけで、後ろに引こうとはしなかった。
結局、湯殿で磨き立てられ、湯上がりにはきらびやかな紅い小袖まで着せられ、化粧まで施された。小袖は明らかに女物だ。
千寿は何度も抗議しようとしたが、侍女たちは端(はな)から相手にしてくれなかった。
