テキストサイズ

龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第2章 流転~身代わりの妻~

 普段は結い上げている艶やかな髪を後ろへ解き流せば、鏡に映っているのは、よく見知った懐かしい妹そのものであった。
 千寿の身支度が整った頃、部屋に嘉瑛がやって来た。
「これは何の茶番だ!」
 千寿は丁寧な言葉を使うことも忘れ、怒鳴った。
「この私に、このような女のなりをさせて、これもまた余興のつもりか」
 万寿姫の死からいまだ刻も経たぬのに、何という人の心を無視したふるまいだろう。
 千寿の忍耐と怒りも限界にきているようだった。
「俺は何も茶番や余興のつもりで、このようなことを考えたつもりはない」
 低い声で応えた嘉瑛に、千寿は縋るような眼を向けた。
「頼む、お願いだ。妹に、万寿にひとめで良いから逢わせてくれぬか」
 千寿の懇願に、嘉瑛が立ち上がる。
 背後の襖を音を立てて開けると、次の間はどうやら寝所らしかった。
 昼なお障子を閉(た)て切った座敷に絹の夜具がのべられており、その褥に横たわるのは、今の我が身とうり二つの顔をした妹であった。
 だが、今、その顔は白い布で覆われている。
「万寿!」
 千寿は妹の側へと狂ったように走った。
「万寿、何故、このようなことに」
 皆まで言えず、千寿は溢れる涙をぬぐいながら、悔しさをこらえた。
 愕いたことに、妹の周囲は純白の花で埋め尽くされていた。白海芋の花だ。
「姫はこの花をこよなく愛しておったゆえ、冥土への旅立ちにはせめてこの花で見送ろうと思うてな」
 意外な嘉瑛の配慮だった。
「かたじけない」
 兄として、千寿は頭を下げた。
 しかし、嘉瑛はにべもなく言い捨てた。
「俺は別に姫に惚れていたわけでも、気を惹かれていたわけでもない。いつぞやも申したが、いつも泣いてばかりいる、つまらぬ女であった。俺は何も女が美しければ良いというわけでもない。俺の好みは、そなたのような、打てば響くような女なのだ、それに眉目形も麗しく、なおかつ閨の中での身体の相性も良ければ尚更だな」
 下品な言葉を平然と並べ立てる男に、千寿は猛烈な怒りを感じた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ