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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第2章 流転~身代わりの妻~

 婚儀は木檜城の本丸大広間で行われた。金屏風を背にして裃烏帽子姿の新郎と居並んだ初々しい新婦は幸菱を織り出した練り絹の白無垢に、綿帽子を目深に被っていた。よもや、この可憐な花嫁御寮が死んだ妹とすり替わった兄千寿丸だと思う者は一人としていなかった。
 婚儀は夜、行われる。固めの杯を交わした後、新郎新婦は早々と席を立ち、列席した家臣一同が打ち集い、飲めや歌えやの祝宴になるのだ。
 大広間から退出した千寿は、そのまま夜着に着替えて自室に戻った。本来ならば、この後、晴れて夫婦となった二人は奥御殿の寝所で初夜を迎えることになる。奥向きには、嘉瑛が渡った際、妻やあるいは側室と夜を過ごすための寝所がちゃんと用意されている。
 しかし、男である千寿が嘉瑛と臥所を共にする必要はない。千寿は自分のために整えられた部屋に戻った。三間続きの居室は、最奥が寝室、真ん中が居間、更に廊下側が侍女たちの詰める控えの間となっている。
 どうやら、ここは亡くなった万寿姫が使っていたものらしい。千寿は妹の身代わりゆえ、妹が使っていた部屋をそのまま使うのは道理ではあったが、十畳はある板敷きの間は、〝源氏物語〟の各場面を描いた几帳を初め、小さな文机の上には硯や筆まで用意されており、いかにも女性の住まいらしく瀟洒な飾りつけがなされていた。床の間には古今和歌集の一つが流麗な手蹟で描かれた掛け軸が掛かり、その手前には美濃焼の壺に紅海芋と白海芋のふた色の花が形良く活けられている。
 違い棚には小ぶりの青磁の壺、蒔絵細工の文箱まで置かれている。
 この部屋を見る限り、妹は男の自分とは異なり、この城では丁重な扱いを受けていたのだと判る。そのことは、千寿を少しだけホッとさせた。
 奥の部屋に入ると、どっと疲れが出た。
 木檜城本丸の大広間は俗に〝千畳座敷〟と世に呼ばれている。現実として広さが千畳もあるのかどうかは定かではないけれど、とにかく広い。大広間を取り囲む四方の壁はすべて黄金(金箔)が貼られており、ずらりと両側に並んだ燭台の焔が揺らめき、その黄金の壁に反射して、いやが上にも眩しさを増している。
 一体、嘉瑛の祖父がこの木檜城を奪い取った時、城は簡略なものにすぎなかった。

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