
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第2章 流転~身代わりの妻~
それを、財宝を惜しげもなく費やし、今のように難攻不落の名城と謳われるまでにしたのだ。この千畳座敷もそのときに新たに作られたものである。
主君を倒し、国主に成り上がった木檜氏初代嘉哲は、まさに下克上の時代の申し子であった。己れが元を正せば一介の油売りにすぎないことを生涯、気にしていたらしい。ゆえに、余計に豪華・華美に拘り、黄金尽くしの大広間なぞ作り上げたのやもしれぬが、千寿から見れば、それこそが成り上がり者の見栄としか思えない。
それはともかく、あの千畳座敷は頂けない。幾千という蝋燭の焔に黄金の壁がこれでもかと言うほどに照り映え、眩しすぎるほどだ。
あんな成金趣味の大広間を作るだなんて、流石に血は争えない、この孫にしてこの祖父ありだと半ば蔑みを込めて眺めていた。あの眩しすぎる座敷のせいで、余計に眼が疲れた。それでなくとも、朝から花嫁としての支度に追われ、千寿は疲れ果てていた。
これで漸く一人になれる―と思うと、安堵のあまり溜息が出た。床に入ると、頭まですっぽりと掛け衾を被り、ほどなく深い眠りに落ちていった。
どれほど眠っただろう。枕許に人の気配を感じ、千寿は眼を開いた。侍女でも様子を見にきたのかと思ったけれど、それにしては妙だ。
ゆるりと褥に上半身を起こし、千寿は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「―、あ、あなたは」
何で、この男がここにいるのか?
千寿は烈しい驚愕と当惑に狼狽えた。
枕辺に嘉瑛が胡座をかいて座っている。
「今宵のそなたの花嫁姿、実に美しかったが、無防備な寝顔もなかなか愛らしい」
何故か、その言葉にゾワリと膚が粟立った。
「何をしにきたのだ。酒にでも酔うて、戻る部屋を間違えたのではないか」
昼間であれば、この男と二人きりだとて何も怖くはない。だが、今は真夜中、しかも千寿は白の薄い夜着一枚きり、短刀はおろか身を守るものは何一つ持ってはいない。万寿姫が母から譲り受けた懐剣は、嘉瑛に取り上げられてしまった。一度は妹の形見として欲しいのだと頼んだのだが、嘉瑛は冷たい眼で睨んだだけで、懐剣を渡してはくれなかった。
「俺はそなたの良人だぞ? 良人が妻の部屋を婚礼の夜におとなうのは常識だと思うが」
面白そうに言う嘉瑛に、千寿はキッと断じた。
主君を倒し、国主に成り上がった木檜氏初代嘉哲は、まさに下克上の時代の申し子であった。己れが元を正せば一介の油売りにすぎないことを生涯、気にしていたらしい。ゆえに、余計に豪華・華美に拘り、黄金尽くしの大広間なぞ作り上げたのやもしれぬが、千寿から見れば、それこそが成り上がり者の見栄としか思えない。
それはともかく、あの千畳座敷は頂けない。幾千という蝋燭の焔に黄金の壁がこれでもかと言うほどに照り映え、眩しすぎるほどだ。
あんな成金趣味の大広間を作るだなんて、流石に血は争えない、この孫にしてこの祖父ありだと半ば蔑みを込めて眺めていた。あの眩しすぎる座敷のせいで、余計に眼が疲れた。それでなくとも、朝から花嫁としての支度に追われ、千寿は疲れ果てていた。
これで漸く一人になれる―と思うと、安堵のあまり溜息が出た。床に入ると、頭まですっぽりと掛け衾を被り、ほどなく深い眠りに落ちていった。
どれほど眠っただろう。枕許に人の気配を感じ、千寿は眼を開いた。侍女でも様子を見にきたのかと思ったけれど、それにしては妙だ。
ゆるりと褥に上半身を起こし、千寿は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「―、あ、あなたは」
何で、この男がここにいるのか?
千寿は烈しい驚愕と当惑に狼狽えた。
枕辺に嘉瑛が胡座をかいて座っている。
「今宵のそなたの花嫁姿、実に美しかったが、無防備な寝顔もなかなか愛らしい」
何故か、その言葉にゾワリと膚が粟立った。
「何をしにきたのだ。酒にでも酔うて、戻る部屋を間違えたのではないか」
昼間であれば、この男と二人きりだとて何も怖くはない。だが、今は真夜中、しかも千寿は白の薄い夜着一枚きり、短刀はおろか身を守るものは何一つ持ってはいない。万寿姫が母から譲り受けた懐剣は、嘉瑛に取り上げられてしまった。一度は妹の形見として欲しいのだと頼んだのだが、嘉瑛は冷たい眼で睨んだだけで、懐剣を渡してはくれなかった。
「俺はそなたの良人だぞ? 良人が妻の部屋を婚礼の夜におとなうのは常識だと思うが」
面白そうに言う嘉瑛に、千寿はキッと断じた。
