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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第2章 流転~身代わりの妻~

「気分が悪くなるような悪ふざけは止してくれ」
「何の、俺は少しもふざけてはおらぬ。本気も本気だ。普通、祝言を挙げたその夜は、花婿と花嫁は初夜を迎えるものだろう」
「だから、何度も言っている。私は男で、お前も男だろう。私は妹の身代わりを務めているにすぎないんだ。人のいる前ではそれらしくふるまうよう極力心がけはするが、人眼のないところでまで夫婦の真似をするのはご免だ」
「そなた、女を抱いたことはあるのか」
 唐突に予期せぬ話題を振られ、千寿は眼を丸くした。すぐには意味を計りかねたが、やがて、徐々にその言わんとしていることが判った。
「そのようなことは知らぬ! 第一、貴様とそんな話なぞしたくない」
 白い頬を羞恥に染めるその様は、黒髪を背中に解き流し、一つに束ねた女姿もあいまって、どう見ても可憐な少女が恥ずかしがっているようにしか見えなかった。
「恥ずかしいのか、そなたは存外に可愛いな」
 〝可愛い、可愛い〟と連発され、千寿は羞恥だけでなく怒りに頬を染めた。
「止めてくれ。反吐が出そうだ。そんな科白は、女の許に行ったときにしてくれないか。私は男だとさっきから何度言わせば判るんだ」
「―男だとか女だとか、俺はあまり気にはせぬ。流石に、これまで衆道の気はなかったが、欲しいと思えば、それが男であろうと女であろうと、そのようなことは些細なものだろう」
 嘉瑛の眼が底冷えを宿して光った。
「何を―言っている」
 千寿は無意識の中に身を退いていた。
「そなたは確か万寿姫より一つ上だと聞いている。その歳に俺は初めて女を抱いた。十五という歳の割には随分と奥手というか、ねんねなのだな。聖人君子のそなたの父上どのは一人息子に性の何たるかも教えてなかったのであろう」
 憐れみを帯びたようにすら聞こえる嘉瑛の言葉がすぐには理解できず、千寿は首を傾げた。
「まぁ、良い。おいおいに、俺が直々に手取脚取り、手ほどきをして、みっちりとその身体に仕込んでやる」
「父を愚弄するのは許さぬと言ったはずだ」
 千寿が辛うじて体勢を立て直すと、嘉瑛は鼻で嗤った。

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