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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第2章 流転~身代わりの妻~

「何も愚弄しているわけではない。真実を有り体に申しているだけだ。むしろ、俺はそなたの父に感謝しているのだぞ? そなたが何も知らぬお陰で、俺がそなたを飼い慣らし、調教する甲斐があるというものだからな」
「私は貴様の飼い犬ではないッ」
 千寿が屈辱に震えながら叫ぶと、嘉瑛は頷いた。
「では、何だ? 飼い犬ではないのなら、そなたは俺の妻だろう?」
 まるで言葉尻を捉えては、千寿を嬲っているようだ。
「良い加減にしてくれ。私は疲れている。出ていってくれないか」
 千寿が冷然と言うと、嘉瑛が肩をすくため。
「やれやれ、つれない妻だ。新婚初夜に良人を寝所から追い出すとは」
 おどけたようなその口調にカッとなり、千寿は怒鳴った。
「だから、先刻から何度言わせたら、気が済むんだ。私は貴様の妻ではない。その身代わりをしているだけだと」
「ホウ? そなた、確かに身代わりと申したな。では、とくと教えてやろう。身代わりとは本来、すべての務めを代わってやらねばならぬのだぞ。妻の代わりであれば、当然のことに、夜の務めも含まれる」
「馬鹿な、男同士で」
 千寿が吐き捨てるように断ずると、嘉瑛がずいと身を乗り出してきた。見上げるほど上背のある男が接近してくると、それだけで威圧感があるようだ。千寿は我知らず、また後ずさった。
「男同士でも構わぬと俺も幾度も申したはずだが?」
 囁く低い声と、見下ろしてくる漆黒の瞳には危険な艶(つや)が含まれている。続けざまにのびてきた手に腕を摑まれそうになり、千寿はビクッと身を竦めた。
―この男は本気だ。
 千寿は漸く、事態がのっぴきならぬことに気付いた。まさか嘉瑛がこのようなことを言い出すとは想像もしていなかった。
 大体、同じ男同士が男女のように閨で睦み合うなどとは考えも及ばない。この残忍で卑劣な男―、しかも嘉瑛は、ふるさとの国を滅ぼし、両親や妹を死なせた敵である。仮に千寿が女であったとしても、そんな憎い男に身を任せるはずがない。

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