龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
千寿は形式的に膝をいざり進めただけだった。嘉瑛と千寿は向かい合う形で、両者の間には少し距離がある。
「お万、俺の申すことが聞こえぬのかッ」
嘉瑛が癇性に声を荒げた。
千寿はやむなく立ち上がり、嘉瑛の側へと座った。
と、嘉瑛は何やら不満げな面持ちだ。
「もっと俺の近くへ来い」
嘉瑛は手を伸ばして千寿を引き寄せた。その肩を抱き寄せながら、酒臭い息を吹きかけてくる。
「のう、万よ。俺はそなたの最も望むものをそなたに与えてやりたい。そなたは何を望む?」
唐突な問いかけに、千寿は首を緩く振った。
「私は何も欲しくはございませぬ」
それは嘘だ。恐らく、千寿には未来永劫、手にすることはできないだろうもの。千寿が何よりも欲するのは自由であった。
豪奢な鳥籠から出て、大空を自由に鳥のように翔けたい。そんな願いを口にすれば、嘉瑛がどのように怒るか知れたものではない。
「欲のないことだの。なよたけの月の姫は様々な物を欲しいと言うたぞ?」
「私は、かぐやの姫ではございませぬゆえ」
千寿は真面目に応えたつもりであったが、何がおかしかったのか、嘉瑛は大声を上げて笑い出した。まるで気が触れたかのように高笑いする嘉瑛を、千寿は息を呑んで見つめた。
これは、どうも良くない兆候のようだ。こんな風に異常なほど機嫌の良い後には、必ず不機嫌になることは判っている。
「お万、これへ」
嘉瑛が差し招く。
逡巡した表情の千寿に、嘉瑛は自分の膝を叩いた。そこに座れと言っているのだ。
しかし、幾ら人払いをしているからとはいえ、誰かが来たら恥ずかしい。
なおも千寿が躊躇っていると、嘉瑛は腕を伸ばして強引に千寿を膝にのせた。
「のう。お万。俺は、そなたがなよたけの月の姫のように思えてならぬのだ」
いきなりなことを言われ、千寿は言葉に窮した。が、そんな千寿に頓着せず、嘉瑛はうわ言のように続ける。
「いつか、そなたが俺の手の届かぬ場所に還ってしまうのではないかと時折、無性に不安でたまらなくなる」
嘉瑛が千寿の丈なす艶やかな黒髪に顔を埋めた。
「お万、俺の申すことが聞こえぬのかッ」
嘉瑛が癇性に声を荒げた。
千寿はやむなく立ち上がり、嘉瑛の側へと座った。
と、嘉瑛は何やら不満げな面持ちだ。
「もっと俺の近くへ来い」
嘉瑛は手を伸ばして千寿を引き寄せた。その肩を抱き寄せながら、酒臭い息を吹きかけてくる。
「のう、万よ。俺はそなたの最も望むものをそなたに与えてやりたい。そなたは何を望む?」
唐突な問いかけに、千寿は首を緩く振った。
「私は何も欲しくはございませぬ」
それは嘘だ。恐らく、千寿には未来永劫、手にすることはできないだろうもの。千寿が何よりも欲するのは自由であった。
豪奢な鳥籠から出て、大空を自由に鳥のように翔けたい。そんな願いを口にすれば、嘉瑛がどのように怒るか知れたものではない。
「欲のないことだの。なよたけの月の姫は様々な物を欲しいと言うたぞ?」
「私は、かぐやの姫ではございませぬゆえ」
千寿は真面目に応えたつもりであったが、何がおかしかったのか、嘉瑛は大声を上げて笑い出した。まるで気が触れたかのように高笑いする嘉瑛を、千寿は息を呑んで見つめた。
これは、どうも良くない兆候のようだ。こんな風に異常なほど機嫌の良い後には、必ず不機嫌になることは判っている。
「お万、これへ」
嘉瑛が差し招く。
逡巡した表情の千寿に、嘉瑛は自分の膝を叩いた。そこに座れと言っているのだ。
しかし、幾ら人払いをしているからとはいえ、誰かが来たら恥ずかしい。
なおも千寿が躊躇っていると、嘉瑛は腕を伸ばして強引に千寿を膝にのせた。
「のう。お万。俺は、そなたがなよたけの月の姫のように思えてならぬのだ」
いきなりなことを言われ、千寿は言葉に窮した。が、そんな千寿に頓着せず、嘉瑛はうわ言のように続ける。
「いつか、そなたが俺の手の届かぬ場所に還ってしまうのではないかと時折、無性に不安でたまらなくなる」
嘉瑛が千寿の丈なす艶やかな黒髪に顔を埋めた。