龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
「万、いや、千寿。俺の側から離れるな。俺を一人にするでない。なっ、今ここで約束せよ。千寿はどこにもゆかぬと」
まるで童のように小指を差し出すのに、千寿は応えるすべを持たなかった。
自由が欲しいとは言えずとも、ずっとこの男の側にいる―そんな約束だけはしたくない。
もし、翼があれば、千寿はすぐにでもこの男の傍から羽ばたき、大空へと自由を求めて飛び立つに違いないだろう。
千寿の気性からして、そこまで自分の心を偽ることはできなかった。
しかし、嘉瑛は千寿が素直に約束しなかったことに立腹したらしい。
千寿の髪を掬い取っていたその手が次第に下に降りてきた。
うなじに唇を這わせながら、着物の襟の合わせ目に骨太な手を入れる。千寿の小さな胸を、やや乱暴な仕種で揉みしだく。
千寿は眼をしばたたいた。
「どうかそのぐらいでお許し下さいませ」
涙が溢れそうだった。
ひとたび機嫌を損じただけで、まるで懲らしめのように身体中を弄られるのだ。いや、もう少し経てば、この男はいつものように千寿を伴い閨に入るだろう。
―眠い。
そう言った舌も乾かぬ間に、眠るどころか、いつもの夜より尚更烈しく責め立てられる。
その間にも、千寿の胸を弄る嘉瑛の手はいっそう烈しさを増してくる。乳輪を円を描くようになぞられたり、時折はギュッと先端を押し潰すように押されたりする。
千寿の中でやるせなさと哀しみがせめぎ合った。
ふいに男の逞しい胸板を押し返し、千寿は逃れるように膝をすべり降りた。
やっとの想いで部屋を出たその後ろで、閉めた襖に何かがぶつかり、落ちる音が聞こえた。続いて、ガチャンという瀬戸物の割れる音。
多分、腹を立てた嘉瑛が銚子か杯を襖に投げつけたのだろう。
怒り狂った嘉瑛が追いかけてくるかと思ったが、意外にも嘉瑛は来なかった。
千寿は一人、控えの間から廊下へと出た。廊下から草履を突っかけ庭に降りると、涼しい夜風が千寿の髪を嬲った。
夜気は昼間の暑熱を孕み、まだ生温かったが、庭先を渡る風はひんやりと心地良い。
まるで童のように小指を差し出すのに、千寿は応えるすべを持たなかった。
自由が欲しいとは言えずとも、ずっとこの男の側にいる―そんな約束だけはしたくない。
もし、翼があれば、千寿はすぐにでもこの男の傍から羽ばたき、大空へと自由を求めて飛び立つに違いないだろう。
千寿の気性からして、そこまで自分の心を偽ることはできなかった。
しかし、嘉瑛は千寿が素直に約束しなかったことに立腹したらしい。
千寿の髪を掬い取っていたその手が次第に下に降りてきた。
うなじに唇を這わせながら、着物の襟の合わせ目に骨太な手を入れる。千寿の小さな胸を、やや乱暴な仕種で揉みしだく。
千寿は眼をしばたたいた。
「どうかそのぐらいでお許し下さいませ」
涙が溢れそうだった。
ひとたび機嫌を損じただけで、まるで懲らしめのように身体中を弄られるのだ。いや、もう少し経てば、この男はいつものように千寿を伴い閨に入るだろう。
―眠い。
そう言った舌も乾かぬ間に、眠るどころか、いつもの夜より尚更烈しく責め立てられる。
その間にも、千寿の胸を弄る嘉瑛の手はいっそう烈しさを増してくる。乳輪を円を描くようになぞられたり、時折はギュッと先端を押し潰すように押されたりする。
千寿の中でやるせなさと哀しみがせめぎ合った。
ふいに男の逞しい胸板を押し返し、千寿は逃れるように膝をすべり降りた。
やっとの想いで部屋を出たその後ろで、閉めた襖に何かがぶつかり、落ちる音が聞こえた。続いて、ガチャンという瀬戸物の割れる音。
多分、腹を立てた嘉瑛が銚子か杯を襖に投げつけたのだろう。
怒り狂った嘉瑛が追いかけてくるかと思ったが、意外にも嘉瑛は来なかった。
千寿は一人、控えの間から廊下へと出た。廊下から草履を突っかけ庭に降りると、涼しい夜風が千寿の髪を嬲った。
夜気は昼間の暑熱を孕み、まだ生温かったが、庭先を渡る風はひんやりと心地良い。