
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
「一人ではない。兄上がいます。千寿丸は殿に似て心優しく頼もしき兄じゃ。そなたの身に危険が及びそうになったときには、楯となり、そなたを守ってくれようぞ」
「さあ、ゆくのだ」
通親が二人の身体からそっと手を放した。
「二人共に侍女の着物に着替え、身をやつして落ち延びるが良い」
いつ用意したものか、勝子が立ち上がり、粗末な小袖を二人分持ってきた。
流石に千寿はそれに着替えることはせず、被衣だけを被るにとどめた。今一度、ひと組の親子は最後の抱擁を交わし、千寿丸は妹姫を伴い、ひそかに城を出た。この城には築城当時に作られた秘密の抜け穴が存在する。それは代々、口伝で城主からその嫡男へと伝えられていた。
天守の壁の一部が動くようになっており、そこから地下へと続く長い階段がのびているのだ。
通親が手を触れると、壁が音を立てて動き始め、直にぽっかりと大きな穴が現れた。千寿と万寿姫がその穴に吸い込まれると、やがて壁は軋みながら再び元どおりに戻る。誰が見ても、そこに巨大な穴があったとは思えない。
「もしかしたら、私は子どもたちに死ぬるよりも更に辛き、酷いことを命じたのやもしれぬな」
二人が消えた壁を見つめながら、通親がぽつりと呟く。
その傍らで勝子が艶(あで)やかに微笑む。
千寿丸と万寿姫によく似た面差しを持つこの女性は、都から嫁いできた権中納言家の姫である。公卿の姫らしからぬ芯の強い女性であった。
「殿、あの二人であれば、必ずや自分たちの手で進む道を切り開いてゆきまする。私は我が生みし子らが強く生きてゆけるようにといつも厳しく育てて参りましたゆえ」
「そうであったな」
通親は笑った。優しい父上さまに、厳しい母上さまと、子どもたちは常に勝子をその名のとおり勝ち気なひとだと思ってきた。だが、その厳しさが、いずれこのような日が来ることを考えてのものであったとは、流石に利発な千寿丸だとて判ってはいないだろう。
失敗してしまったときは、すぐにその失敗の原因を教えてやるのではなく、何故、間違ったのかをじっくりと自分自身で考えさせるようにしてきた。
「さあ、ゆくのだ」
通親が二人の身体からそっと手を放した。
「二人共に侍女の着物に着替え、身をやつして落ち延びるが良い」
いつ用意したものか、勝子が立ち上がり、粗末な小袖を二人分持ってきた。
流石に千寿はそれに着替えることはせず、被衣だけを被るにとどめた。今一度、ひと組の親子は最後の抱擁を交わし、千寿丸は妹姫を伴い、ひそかに城を出た。この城には築城当時に作られた秘密の抜け穴が存在する。それは代々、口伝で城主からその嫡男へと伝えられていた。
天守の壁の一部が動くようになっており、そこから地下へと続く長い階段がのびているのだ。
通親が手を触れると、壁が音を立てて動き始め、直にぽっかりと大きな穴が現れた。千寿と万寿姫がその穴に吸い込まれると、やがて壁は軋みながら再び元どおりに戻る。誰が見ても、そこに巨大な穴があったとは思えない。
「もしかしたら、私は子どもたちに死ぬるよりも更に辛き、酷いことを命じたのやもしれぬな」
二人が消えた壁を見つめながら、通親がぽつりと呟く。
その傍らで勝子が艶(あで)やかに微笑む。
千寿丸と万寿姫によく似た面差しを持つこの女性は、都から嫁いできた権中納言家の姫である。公卿の姫らしからぬ芯の強い女性であった。
「殿、あの二人であれば、必ずや自分たちの手で進む道を切り開いてゆきまする。私は我が生みし子らが強く生きてゆけるようにといつも厳しく育てて参りましたゆえ」
「そうであったな」
通親は笑った。優しい父上さまに、厳しい母上さまと、子どもたちは常に勝子をその名のとおり勝ち気なひとだと思ってきた。だが、その厳しさが、いずれこのような日が来ることを考えてのものであったとは、流石に利発な千寿丸だとて判ってはいないだろう。
失敗してしまったときは、すぐにその失敗の原因を教えてやるのではなく、何故、間違ったのかをじっくりと自分自身で考えさせるようにしてきた。
