
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
それが、勝子なりの母としての愛情の示し方であった。たとえ頼りとする親を失い寄る辺なき身となっても、この苛酷な乱世で生き抜くすべは母として教え込んだつもりだ。
そんな勝子のやり方を、通親はいつも傍で見守ってきたのだ。
「さあ、私たちは先に参りましょう」
勝子が言うと、通親も頷く。
「そうよの。勝子、そなたと連れ添うて十六年、あっという間であった。私は良き妻を得たと心より感謝しておる」
「私も殿というお方にめぐり逢えて、果報者にございました」
二人の婚姻はやはり政治的なものではあったけれど、夫婦仲は初めから濃やかで次々に二人の子にも恵まれた。木檜嘉瑛がこの白鳥城に攻めてくるまでの間、国境(くにざかい)を接する他国と幾度かの小競り合いはあったものの、大きな戦もなく、一家は平穏に暮らしてきたのだ。
勝子が端座し、両手を合わせる手のひらには水晶の数珠がかかっている。
その背後に回った通親は何かに耐えるような表情で一挙に白刃を振り下ろした。
千寿と万寿姫は手を繋ぎ、ひたすら真っ暗な地下道を歩き続けた。
「兄さま、怖い」
途中で何度も脚が竦んで立ち止まった妹を、千寿はその度に励ましながら進んだ。
やがて、その地下道は城の裏手にある古井戸に至る。半ば朽ちかけた縄ばしごが垂れているのを見、千寿は自分たちが間違いなく脱出に成功したことを知った。
用心しながら自分が先頭に立ち、ひと脚ひと脚、縄ばしごを登ってゆく。登り切ったところで井桁からひょいと顔だけを覗かせ、素早く周囲を見回した。
やはり、誰もいない。流石に、このように城から離れた場所に放置されたままの古井戸など敵は眼も暮れなかったに相違ない。
千寿は軽い身のこなしで井桁を跨ぎ、地面に降り立つ。続いて後から出てきた万寿姫に手を貸してやった。
「兄さま、私たち、これからどうなるのかしら」
妹が怯えたように言って縋り付いてくる。
そのか細い身体を抱きしめながら、千寿は微笑んだ。
「そなたは何も案ずることはない」
と、遠方でゴォーと地鳴りのような音が響き、千寿はハッと音の聞こえてきた方角を見やった。
そんな勝子のやり方を、通親はいつも傍で見守ってきたのだ。
「さあ、私たちは先に参りましょう」
勝子が言うと、通親も頷く。
「そうよの。勝子、そなたと連れ添うて十六年、あっという間であった。私は良き妻を得たと心より感謝しておる」
「私も殿というお方にめぐり逢えて、果報者にございました」
二人の婚姻はやはり政治的なものではあったけれど、夫婦仲は初めから濃やかで次々に二人の子にも恵まれた。木檜嘉瑛がこの白鳥城に攻めてくるまでの間、国境(くにざかい)を接する他国と幾度かの小競り合いはあったものの、大きな戦もなく、一家は平穏に暮らしてきたのだ。
勝子が端座し、両手を合わせる手のひらには水晶の数珠がかかっている。
その背後に回った通親は何かに耐えるような表情で一挙に白刃を振り下ろした。
千寿と万寿姫は手を繋ぎ、ひたすら真っ暗な地下道を歩き続けた。
「兄さま、怖い」
途中で何度も脚が竦んで立ち止まった妹を、千寿はその度に励ましながら進んだ。
やがて、その地下道は城の裏手にある古井戸に至る。半ば朽ちかけた縄ばしごが垂れているのを見、千寿は自分たちが間違いなく脱出に成功したことを知った。
用心しながら自分が先頭に立ち、ひと脚ひと脚、縄ばしごを登ってゆく。登り切ったところで井桁からひょいと顔だけを覗かせ、素早く周囲を見回した。
やはり、誰もいない。流石に、このように城から離れた場所に放置されたままの古井戸など敵は眼も暮れなかったに相違ない。
千寿は軽い身のこなしで井桁を跨ぎ、地面に降り立つ。続いて後から出てきた万寿姫に手を貸してやった。
「兄さま、私たち、これからどうなるのかしら」
妹が怯えたように言って縋り付いてくる。
そのか細い身体を抱きしめながら、千寿は微笑んだ。
「そなたは何も案ずることはない」
と、遠方でゴォーと地鳴りのような音が響き、千寿はハッと音の聞こえてきた方角を見やった。
