龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
「白鳥の国へ行く途中の旅にて、こうしていっとき、休んでおります」
後から、余計なことを喋ったと後悔する。
何も正直に話すことはないのだ。適当な出任せを口にすれば良いのに、千寿にはそれができないのだ。
女は千寿の困惑など意に介さぬようで、人の好さげな顔を更に綻ばせた。
「それは大変だねえ。白鳥の国はまだここからじゃ、遠いもの。でも、何でわざわざ森を抜けて行こうと思ったの? 城下町から東へ行った方が近かったのに」
木檜城を中心に大きな城下町がひろがっている。多くの領主が商人の自国への出入りを厳しく規制したのに対し、嘉瑛は他国の商人にも自国への出入りを許し、積極的に商業を奨励した。元々、白鳥と異なり、荒れ地の多い木檜では、農業よりも商業が盛んである。そのお陰で、木檜の城下町は定期的に市が立ち、あまたの人々が集って活気溢れていた。
その城下を抜け東へ進めば、やがて白鳥の国との国境(くにざかい)に至る。千寿が取ったのはその真反対、つまり西へと行く道程であった。森を抜け、やはり木檜と国境を接する玄武の国に入ってから白鳥に至る道筋である。この道は、大きく迂回することになり、時間、危険性、労力とすべて旅人にとっては負担が大きい。
木檜から白鳥へと旅する者は、まず城下を抜け、東に進む直線コースを選ぶのが常識である。が、逆にいえば、誰もが取る道だからこそ、千寿は敢えて遠回りを選んだのであった。その方が嘉瑛の眼をくらますのにも好都合ではないかと考えたのである。
その思惑を見事に突かれ、千寿は怯んだ。
この女―、見かけは親切そうだが、真に信用できるのか?
千寿が緊張を漲らせていると、女は笑った。
「疲れてるんでしょ? 良かったら、あたしの家で少し休んでゆくと良いよ。何もないけど、握り飯くらいなら腹一杯食べさせてあげられるから」
その言葉に、千寿の腹が鳴った。思わず頬を赤らめた千寿を見て、女が更に人の好い笑顔になる。
「さ、遠慮しないで、ついてきな」
女の住まいは、川から歩いても知れていた。
千寿の予想どおり、女の良人はこの森で猟をして生業(なりわい)を立てているという。女が千寿をを伴って帰ってきた時、良人だという猟師は家にいた。千寿が挨拶しても、ギロリと一瞥しただけで、何も言わなかった。
後から、余計なことを喋ったと後悔する。
何も正直に話すことはないのだ。適当な出任せを口にすれば良いのに、千寿にはそれができないのだ。
女は千寿の困惑など意に介さぬようで、人の好さげな顔を更に綻ばせた。
「それは大変だねえ。白鳥の国はまだここからじゃ、遠いもの。でも、何でわざわざ森を抜けて行こうと思ったの? 城下町から東へ行った方が近かったのに」
木檜城を中心に大きな城下町がひろがっている。多くの領主が商人の自国への出入りを厳しく規制したのに対し、嘉瑛は他国の商人にも自国への出入りを許し、積極的に商業を奨励した。元々、白鳥と異なり、荒れ地の多い木檜では、農業よりも商業が盛んである。そのお陰で、木檜の城下町は定期的に市が立ち、あまたの人々が集って活気溢れていた。
その城下を抜け東へ進めば、やがて白鳥の国との国境(くにざかい)に至る。千寿が取ったのはその真反対、つまり西へと行く道程であった。森を抜け、やはり木檜と国境を接する玄武の国に入ってから白鳥に至る道筋である。この道は、大きく迂回することになり、時間、危険性、労力とすべて旅人にとっては負担が大きい。
木檜から白鳥へと旅する者は、まず城下を抜け、東に進む直線コースを選ぶのが常識である。が、逆にいえば、誰もが取る道だからこそ、千寿は敢えて遠回りを選んだのであった。その方が嘉瑛の眼をくらますのにも好都合ではないかと考えたのである。
その思惑を見事に突かれ、千寿は怯んだ。
この女―、見かけは親切そうだが、真に信用できるのか?
千寿が緊張を漲らせていると、女は笑った。
「疲れてるんでしょ? 良かったら、あたしの家で少し休んでゆくと良いよ。何もないけど、握り飯くらいなら腹一杯食べさせてあげられるから」
その言葉に、千寿の腹が鳴った。思わず頬を赤らめた千寿を見て、女が更に人の好い笑顔になる。
「さ、遠慮しないで、ついてきな」
女の住まいは、川から歩いても知れていた。
千寿の予想どおり、女の良人はこの森で猟をして生業(なりわい)を立てているという。女が千寿をを伴って帰ってきた時、良人だという猟師は家にいた。千寿が挨拶しても、ギロリと一瞥しただけで、何も言わなかった。