
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
「あれ、あんた、泣いてるの」
やすの声が慌てた。
千寿は零れ落ちる涙をぬぐいながら、ひと口握り飯を囓る。
「美味しい」
そんな千寿を見つめるやすの眼は優しい。
「ほらほら、泣いてないで、たんとお食べ。育ち盛りなんだから、たくさん食べないと駄目なんだよ。食べれば、その細っこい身体ももう少しは大きくなるから」
そう言う口調は、まるで母親のようである。
それからは、やすが自分の身の上を語る番であった。勘助は森で猟をし、獲った獲物を城下に持っていって売っている。毛皮は高く売れるし、肉も余った分は干し肉にして貯蔵しておけば、冬場には家族が食べるのに役立つ。
やすと勘助の間には娘が一人いた。ゆきといい、やすに言わせれば〝色黒の亭主じゃなくて、あたしに似た〟きれいな娘だったという。
おゆきは十三で城下町の商家に女中奉公に出た。一家三人の暮らしは、いつもその日を過ごすのがやっとという有り様で、殊に前年の冬は勘助が森で猪に襲われるという不幸があった。そのため、怪我をして動けぬ勘助の代わりに、おゆきが働きに出たのだ。
だが、その一年後、おゆきは突如として亡くなった。奉公先の主は四十過ぎの恰幅の良い男であったが、相当な女好きであったらしい。
主から聞かされた話では、おゆきは階段から脚を滑らせて転落―、そのときに頭の打ち所が悪くて亡くなったということだったが、その後、ひそかに、奉公先で朋輩であったという娘が訪ねてきた。そのきくという娘は、はっきりと語った。
―おゆきちゃんは階段から落ちて死んだだなんて、大嘘です。
好色な主人はかねてからおゆきに眼をつけていた。ある夜、主人が自分の部屋に茶を運ぶように言いつけ、やって来たおゆきを手籠めにしようとしたのだ。むろん、おゆきは愕き、烈しく抵抗した。その際、揉み合っている中に、柱の角に頭をぶつけ、それが生命取りになったのだという。
―あたし、悔しくて。このまんま、誰も真実を知らないままじゃ、おゆきちゃんがあんまりにも可哀想だと思って、今日はここに来たんです。
きくは大粒の涙を流しながら、そう言った。
やすの声が慌てた。
千寿は零れ落ちる涙をぬぐいながら、ひと口握り飯を囓る。
「美味しい」
そんな千寿を見つめるやすの眼は優しい。
「ほらほら、泣いてないで、たんとお食べ。育ち盛りなんだから、たくさん食べないと駄目なんだよ。食べれば、その細っこい身体ももう少しは大きくなるから」
そう言う口調は、まるで母親のようである。
それからは、やすが自分の身の上を語る番であった。勘助は森で猟をし、獲った獲物を城下に持っていって売っている。毛皮は高く売れるし、肉も余った分は干し肉にして貯蔵しておけば、冬場には家族が食べるのに役立つ。
やすと勘助の間には娘が一人いた。ゆきといい、やすに言わせれば〝色黒の亭主じゃなくて、あたしに似た〟きれいな娘だったという。
おゆきは十三で城下町の商家に女中奉公に出た。一家三人の暮らしは、いつもその日を過ごすのがやっとという有り様で、殊に前年の冬は勘助が森で猪に襲われるという不幸があった。そのため、怪我をして動けぬ勘助の代わりに、おゆきが働きに出たのだ。
だが、その一年後、おゆきは突如として亡くなった。奉公先の主は四十過ぎの恰幅の良い男であったが、相当な女好きであったらしい。
主から聞かされた話では、おゆきは階段から脚を滑らせて転落―、そのときに頭の打ち所が悪くて亡くなったということだったが、その後、ひそかに、奉公先で朋輩であったという娘が訪ねてきた。そのきくという娘は、はっきりと語った。
―おゆきちゃんは階段から落ちて死んだだなんて、大嘘です。
好色な主人はかねてからおゆきに眼をつけていた。ある夜、主人が自分の部屋に茶を運ぶように言いつけ、やって来たおゆきを手籠めにしようとしたのだ。むろん、おゆきは愕き、烈しく抵抗した。その際、揉み合っている中に、柱の角に頭をぶつけ、それが生命取りになったのだという。
―あたし、悔しくて。このまんま、誰も真実を知らないままじゃ、おゆきちゃんがあんまりにも可哀想だと思って、今日はここに来たんです。
きくは大粒の涙を流しながら、そう言った。
