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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第3章 逃亡~男の怒り~

「疲れてるだろうから、早くお寝み」
 やすは、その場の雰囲気をいかにしても取り繕えないと知ると、早々に千寿を奥の寝室に押し込んだ。
 今夜だけは、勘助とやすが居間で寝るという。
 やすが用意してくれた布団に潜り込んでも、千寿はなかなか寝付けなかった。やはり、出ていくべきだったのだ。勘助はやすとの暮らしにふいに入り込んできた闖入者をけして歓迎してはいない。むしろ、千寿は招かれざる客であった。帰ってきた勘助が千寿を見たときの眼を思い出すと、居たたまれなくなった。
 それでも、半刻の中には眠りに落ちたらしい。うとうとと微睡んでいた千寿は、人声でハッと眼を覚ました。
「―止めなよ、そんなこと」
 やすの声である。
 千寿の意識ははっきりと覚醒した。今、何時なのかは判らないが、二人はまだ起きているようだ。話し声は障子一つ隔てた向こうから聞こえてくる。
「だが、あの娘っ子がいなくなっちまった姫さまだっていう可能性は限りなく高いと思うぜ」
 続いて勘助の声が聞こえた。
「そんな―、そんなこと判りゃしないさ。確かに育ちの良さも窺えるし、気品なんてものもある娘(こ)だけど、着てるものだって上物じゃない、この辺の町娘が着てるようなものだったよ」
 千寿は耳をそばだてた。城下の古着屋で着ていた小袖を売り、少々の路銀と代わりの粗末な着物を得た。きらびやかな小袖は、高く売れたのだ。やはり、用心には用心を重ねておいて良かったと思ったのも束の間。
 勘助のだみ声がやすの話を遮った。
「さて、それはどうか。少し知恵の働く娘なら、着の身着のままで逃げるような馬鹿げた真似はしねえだろう。大方、どこかで着ていたものを売っ払ったに違えねえ。小賢しい小娘だ」
 吐き捨てるように言う良人に、やすが言った。

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