龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
「でもさ、もし、お前さんの言うように、あの娘がその長戸の姫さまだったとしても、何でみすみす木檜のお殿さまにあの娘を売るようなことをしなきゃならないの? あの子、まだ子どもだよ? 身体だって細くて、貧弱だ。木檜のお殿さまは、あんな子どもを毎夜、慰みものにしてるっていうじゃないか。奥方っていう名目はあったって、敗れた国の姫君をかっ攫ってきて、所詮は弄んでるだけじゃないか。あの娘は良い子だ、死んだおゆきに似てる。おゆきに似てるあの娘が好色なお殿さまの慰みものになってると考えただけで、あたしゃ、たまらないんだ」
「あの子は、おゆきじゃねえ」
そのひと言は、予想外にやすを打ちのめしたようだった。
「でも、お前さん。もし、あの娘があたしたちの子だったら、あんたは、あの子を女好きのお殿さまに差し出せるかい? おゆきだって、助平な男に良いように慰みものにされちまった。あたしゃ、おゆきと同じ年頃の子があの子のような辛い想いをするのを見たくはないんだ。あんな哀しい想いをするのは、こりごり」
やすの声が高くなる。
「しっ、声が高い。娘っ子が眼を覚ましちまうぞ」
勘助がたしなめた。
「とにかく、俺はこれから木檜城に行ってくる」
「お前さんッ。これだけ言っても、お前さんは判っちゃくれないんだね」
やすが悲鳴のような声を上げた。
「やす、おゆきが死ななきゃならなかったのは、俺たちが貧しかったからだ。俺ァ、おゆきを手籠めにしようとした男も憎いが、何より、貧乏が憎い。俺が怪我なんぞしなけりゃ、あいつは町に奉公に出ることもなかったんだ。金さえありゃア、おゆきは死なずに済んだんだ。侍だ武士だと幾ら威張っても、奴らが何をしてくれる? 殿さまが俺たちを一度でも助けてくれたか? あの娘っ子は生まれてから大きな城に住んで、何の不自由もなく育ってきた。おゆきの着たこともねえべべを着て、信じられねえようなご馳走を食べてよう」
「お前さん―」
やすの縋るような声に、勘助が憎々しげに言い放つ。
「あの子は、おゆきじゃねえ」
そのひと言は、予想外にやすを打ちのめしたようだった。
「でも、お前さん。もし、あの娘があたしたちの子だったら、あんたは、あの子を女好きのお殿さまに差し出せるかい? おゆきだって、助平な男に良いように慰みものにされちまった。あたしゃ、おゆきと同じ年頃の子があの子のような辛い想いをするのを見たくはないんだ。あんな哀しい想いをするのは、こりごり」
やすの声が高くなる。
「しっ、声が高い。娘っ子が眼を覚ましちまうぞ」
勘助がたしなめた。
「とにかく、俺はこれから木檜城に行ってくる」
「お前さんッ。これだけ言っても、お前さんは判っちゃくれないんだね」
やすが悲鳴のような声を上げた。
「やす、おゆきが死ななきゃならなかったのは、俺たちが貧しかったからだ。俺ァ、おゆきを手籠めにしようとした男も憎いが、何より、貧乏が憎い。俺が怪我なんぞしなけりゃ、あいつは町に奉公に出ることもなかったんだ。金さえありゃア、おゆきは死なずに済んだんだ。侍だ武士だと幾ら威張っても、奴らが何をしてくれる? 殿さまが俺たちを一度でも助けてくれたか? あの娘っ子は生まれてから大きな城に住んで、何の不自由もなく育ってきた。おゆきの着たこともねえべべを着て、信じられねえようなご馳走を食べてよう」
「お前さん―」
やすの縋るような声に、勘助が憎々しげに言い放つ。