龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
「元々、白鳥と木檜の間で戦が起きたのも、あの姫さまが原因だっていうじゃないか。あの姫さまさえ、木檜のお殿さまに素直に輿入れしてりゃア、今頃、白鳥の国も戦に敗れることもなかった。あの娘は、とんでもねえ親不孝者だぜ。あの姫さまの我がままが国を滅ぼし、両親を死に追いやったのさ」
「お前さん、それは言い過ぎだよ。姫さまのご両親だって、あんな可愛い子をみすみす残忍で好き者と評判の木檜のお殿さまになんかやりたくはなかったろう。あたしは、姫さまの親の気持ちはよく判るけど」
「俺は金儲けのためなら、何でもするさ。木檜城のお殿さまはあの姫さまに相当なご執心らしい。血眼になって探し回ってて、何でも捕らえて差し出した者には黄金を賜るってえお触れが出たって、城下でも専らの噂よ。おゆきを失ってから、金のためなら鬼にでも何にでもなろうって思ったんだ。黄金のためなら、何だってする」
「お前さんッ!!」
やすの泣き崩れる声に、扉の閉まる音。
勘助が出ていったのだと判る。
勘助はその言葉どおり、木檜城にゆくつもりだ。そして、ここに千寿がいることを告げるのだろう。
こうしてはいられない。一刻も早くここを出なければと、千寿は唇を噛みしめた。
勘助は最初から敵意を剥きだにしていたけれど、やすは良くしてくれた。そのことに、心から感謝していた。
千寿は懐からひとふりの懐剣を出した。
この懐剣は母の形見であり、母亡き今は、母を偲ぶたった一つのよすがだ。でも、やすであれば、これを託しても良い気がした。
この懐剣は名のある職人が作ったものだ。売れば、かなりの値になるだろう。やす夫婦が数年は暮らしてゆけるほどの金にはなる。
この懐剣を置いてゆくことは、また、千寿にとっては、もう一つの意味もある。
妹万寿姫はこの剣で自らの生命を絶った。
だが、千寿は死なない。父や母から託された長戸の家を守り抜き、この乱世を生き切ってみせる。懐剣を手放すことは、千寿なりの覚悟の表れでもあった。
「やすさん、ありがとう」
千寿はひとふりの懐剣をそっと布団の上に置く。束の間ではあったが、やすとの出逢いは、千寿にとって得難い、忘れ得ぬものとなった。
「お前さん、それは言い過ぎだよ。姫さまのご両親だって、あんな可愛い子をみすみす残忍で好き者と評判の木檜のお殿さまになんかやりたくはなかったろう。あたしは、姫さまの親の気持ちはよく判るけど」
「俺は金儲けのためなら、何でもするさ。木檜城のお殿さまはあの姫さまに相当なご執心らしい。血眼になって探し回ってて、何でも捕らえて差し出した者には黄金を賜るってえお触れが出たって、城下でも専らの噂よ。おゆきを失ってから、金のためなら鬼にでも何にでもなろうって思ったんだ。黄金のためなら、何だってする」
「お前さんッ!!」
やすの泣き崩れる声に、扉の閉まる音。
勘助が出ていったのだと判る。
勘助はその言葉どおり、木檜城にゆくつもりだ。そして、ここに千寿がいることを告げるのだろう。
こうしてはいられない。一刻も早くここを出なければと、千寿は唇を噛みしめた。
勘助は最初から敵意を剥きだにしていたけれど、やすは良くしてくれた。そのことに、心から感謝していた。
千寿は懐からひとふりの懐剣を出した。
この懐剣は母の形見であり、母亡き今は、母を偲ぶたった一つのよすがだ。でも、やすであれば、これを託しても良い気がした。
この懐剣は名のある職人が作ったものだ。売れば、かなりの値になるだろう。やす夫婦が数年は暮らしてゆけるほどの金にはなる。
この懐剣を置いてゆくことは、また、千寿にとっては、もう一つの意味もある。
妹万寿姫はこの剣で自らの生命を絶った。
だが、千寿は死なない。父や母から託された長戸の家を守り抜き、この乱世を生き切ってみせる。懐剣を手放すことは、千寿なりの覚悟の表れでもあった。
「やすさん、ありがとう」
千寿はひとふりの懐剣をそっと布団の上に置く。束の間ではあったが、やすとの出逢いは、千寿にとって得難い、忘れ得ぬものとなった。