
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
城が燃えている。
夜空を焦がしながら、白鳥城が燃えていた。千寿と万寿姫が生まれ育った城、父や母と過ごした城が燃え尽きようとしている。
千寿の眼に、かつての白鳥城がまざまざと甦った。白亜の城が威容を誇って、ひっそりとそびえ立つその様から、人はいつしか白鳥の城と呼ぶようになったと、父はいつも誇らしげに語っていたものだ。
―ほら、見てごらん、我が国は豊かで、無益な戦もない。
天守に登り、父と並んで眼下にひろがる光景を眺めながら、千寿は思ったものだった。
白鳥の城は最も美しい城、そして、父が治める白鳥の国に住む領民たちもまた飢えることもなく、戦火に追われることもなく安穏に暮らしている。
現実として、白鳥城は城主の気性をそのまま映し出したような城であった。白鳥が翼をひろげた様にもたとえられる女性的で優美な平城は、戦うには向いていない。今回、木檜嘉瑛との戦で白鳥城がこんなにもはやく落城したのも、ひとえに城があまりにも無防備なことにもあった。
通親は民を思い、善政を敷いた名君として領民からも慕われていた。
作物は秋になれば豊かに実った。だが、悪魔のような男がその豊かで平和な国を一瞬にして荒れ野と変えてしまったのだ。攻め入った嘉瑛方の兵たちは村々を焼き払い、村人を皆殺しに、女を犯して殺戮を重ねた。
―許さぬ、木檜嘉瑛。無念の中に死んでいった我が父、母の恨み、いつしか晴らしてくれる。
千寿の眼に、赤々と燃える焔が映じていた。
それは、父母を灼く紅蓮の焔であった。
愉しかった日々が、自分を育んでくれたものがすべて燃え盛る焔に灼かれ、灰燼に帰そうとしている。
紅く染まった千寿の眼が濡れていた。
万寿姫があまりの光景に悲鳴を上げて、千寿の胸に顔を押しつける。妹の身体をなおいっそう力を込めて抱きしめ、千寿は自分の中で荒れ狂う怒りと憎しみに耐えていた。
群青色の夜空には月も見えない。
時々、彼方から響いてくる鬨の声が千寿の耳に虚ろに聞こえた。
その数日後のことである。
木檜嘉瑛の面前に一人の少年が引き立てられてきた。
夜空を焦がしながら、白鳥城が燃えていた。千寿と万寿姫が生まれ育った城、父や母と過ごした城が燃え尽きようとしている。
千寿の眼に、かつての白鳥城がまざまざと甦った。白亜の城が威容を誇って、ひっそりとそびえ立つその様から、人はいつしか白鳥の城と呼ぶようになったと、父はいつも誇らしげに語っていたものだ。
―ほら、見てごらん、我が国は豊かで、無益な戦もない。
天守に登り、父と並んで眼下にひろがる光景を眺めながら、千寿は思ったものだった。
白鳥の城は最も美しい城、そして、父が治める白鳥の国に住む領民たちもまた飢えることもなく、戦火に追われることもなく安穏に暮らしている。
現実として、白鳥城は城主の気性をそのまま映し出したような城であった。白鳥が翼をひろげた様にもたとえられる女性的で優美な平城は、戦うには向いていない。今回、木檜嘉瑛との戦で白鳥城がこんなにもはやく落城したのも、ひとえに城があまりにも無防備なことにもあった。
通親は民を思い、善政を敷いた名君として領民からも慕われていた。
作物は秋になれば豊かに実った。だが、悪魔のような男がその豊かで平和な国を一瞬にして荒れ野と変えてしまったのだ。攻め入った嘉瑛方の兵たちは村々を焼き払い、村人を皆殺しに、女を犯して殺戮を重ねた。
―許さぬ、木檜嘉瑛。無念の中に死んでいった我が父、母の恨み、いつしか晴らしてくれる。
千寿の眼に、赤々と燃える焔が映じていた。
それは、父母を灼く紅蓮の焔であった。
愉しかった日々が、自分を育んでくれたものがすべて燃え盛る焔に灼かれ、灰燼に帰そうとしている。
紅く染まった千寿の眼が濡れていた。
万寿姫があまりの光景に悲鳴を上げて、千寿の胸に顔を押しつける。妹の身体をなおいっそう力を込めて抱きしめ、千寿は自分の中で荒れ狂う怒りと憎しみに耐えていた。
群青色の夜空には月も見えない。
時々、彼方から響いてくる鬨の声が千寿の耳に虚ろに聞こえた。
その数日後のことである。
木檜嘉瑛の面前に一人の少年が引き立てられてきた。
